38章 弊害が呼ぶ侵略者

507. 光る何かを撃ち落とせ

 頭上の空は雲が散って、午後の日差しが降り注いでいた。自然現象として落雷の条件はない。魔法で雷を起こすのは属性の関係上、かなり高度な魔術に分類された。


 ルシファーが描いた魔法陣が半円形の結界を作り、全員を中に取り込んだ。ぱちっと嫌な音を立てて、続いた雷を弾く。外から攻撃される時点で、リリスとルシファーが雷を起こした可能性が消えた。無意識に暴走した魔力が原因ではないと知れたことで、アスタロトが笑みを浮かべる。


「ベルゼビュート、あなたは雷と相性が良かったですよね?」


「ええ。それはもう最高の相性よ……殺してもいいのかしら」


「できれば生きて捕らえてもらえれば、もっと楽しませて差し上げます」


 他者を苦しめて殺すことにかけては右に出る者がいない吸血鬼王アスタロトの誘いに、精霊女王ベルゼビュートの口元が弧を描いた。了承を伝えるように優雅に一礼し、彼女は平然と結界を出ていく。あくまでも外からの攻撃に対する結界なので、内側から出る者を防ぐ効果はなかった。


 そもそも少女達も翡翠竜や灰色魔狼フェンリルも、自ら危険に飛び込むような性格ではない。見送ったルシファーが、雷が降ってくる上空を見つめるリリスの頬に接吻けた。


「パパぁ。あの光ってるやつ、雷の形してる」


 不思議な表現に、ルシファーも上空を見上げる。何かが陽光を反射していた。目を凝らしたルシファーが右手に新たな魔法陣を呼び出す。急ごしらえの魔法陣を頭上に翳した。


 直後、激しい音がして外側の結界が弾ける。しかし新たに追加した結界が魔法陣で支えられていた。指先まで痺れる雷の威力に、ルシファーが意味ありげに口元を緩める。


「……ルシファー様?」


 嫌な予感がする。そんなアスタロトの呼びかけに、楽しそうな表情で空を示した。まだ輝く何かは空に浮いている。ばさりと4枚の翼を広げたルシファーの首に手を絡めて、リリスは「やっつける!」と興奮状態だ。


「少し見てくる」


「ベルゼビュートに任せてください」


 この場で最も属性の相性がいい彼女が向かったのだ。魔王たる存在が常に矢面に立つ必要はない。アスタロトの言い分も理解できるが、ベルゼビュートに任せたら破片も残らない気もした。破壊能力は高いからな……正直な感想は声にしない。


「リリスが、やっつけ……」


「なくていいです」


 幼女の叫びを途中で遮った頭上に、また雷が落ちた。肩を竦めたルシファーは、頭上の魔法陣を一瞬で書き換える。重ねる形ではなく、魔法文字を変更する高度な技術で雷を反射させた。


 結界ならば吸収するか防ぐ選択肢になるが、反射ならば角度を計算すれば迎撃も可能だ。それも相手の力を利用するため、ほとんど魔力は消費しなかった。


「すごい技術です。ぜひ覚えたいですわ」


「ええ、習った中になかったですね」


 シトリーとルーサルカが素直に書き換えに感心していると、空にいる何かに雷が直撃した。反射したので、落雷ではない。下から発射されたビームのように垂直に空へ向かった雷は、放った存在を遠慮なく焦がしたらしい。


『我が君、何やら焦げた臭いが……』


 直後、錐もみ状に落ちてくるを魔力で受け止めた。アムドゥスキアスの時と同じ魔力の網を作ったルシファーの頭上で、回収されたのは――腕や首筋に鱗の生えた女性だ。


鱗人族リザードマンじゃなく、鱗があって外を歩く種族といえば……」


 ルシファーが記憶を辿るが、平地を出歩く鱗のある種族は限られている。海や湖ならば数種類思い浮かぶのだが……そんな表情に、アスタロトが候補をひとつ潰した。


「ルシファー様、水の精霊系は雷と相性が最悪です」


「ふむ。ならば違うか」


 アスタロトとルシファーの会話をよそに、リリスは目を輝かせていた。彼女の正体や種族に、リリスの関心を引く要素はない。網を緩めて下した女性は、金のスパンコールが大量に使われたドレスを身に纏っていた。これが光っていた原因だろう。陽光を反射して輝く彼女のドレスに、リリスは大喜びだ。


「パパ、リリスもこういうの!」


「うーん、まだ早いと思うぞ。もっと大人になってから」


「大人だもん」


「確かにもうすぐ14歳になるんだよな」


 そう考えると、欲しがるなら作ってあげてもいいかもしれない。迷うルシファーへ、アスタロトがぴしゃりと言い渡した。


「魔王妃予算の許可は出しませんからね」

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