596. 吸血鬼王たる由縁
「この身体の血を媒体に、ある
特に隠している話ではない。ただ言いふらす内容でもないので、口にする機会がなかっただけ。アスタロトは目の前の冷めた紅茶を口元に運び、少しだけ魔力を通して温める。一口飲んでカップを包むように手の上に乗せた。
「吸血鬼王の名を持つ私が、他者の血を吸わない理由がそこにあります。封印したのは――最凶の吸血鬼であったヴラド。少し前に私が人族の都で傷つけられた折、暴走したのを覚えていますね」
頷いたルキフェルの脳裏に過ったのは、他者を庇って血を流したアスタロトが我を失い、ルシファーにまで攻撃を仕掛けた現場だった。ベルゼビュートが戦って時間を稼ぎ、最終的にルシファーの血を吸わせることで落ち着いた。
「あれは封印が解けかけた状態です。ヴラドは人格のある狂気そのもの。人としての名を与えられましたが、身体がない存在でした。ルシファー様に害をなす者を滅ぼすために、私は己の身を器として彼を封じました。数十年ほど狂いましたが……」
最後に付け加えた言葉に、本人がくすくす忍び笑う。肩を竦めたベルゼビュートが内情を暴露する。
「あなたは狂ってたから覚えてないでしょうけれど、あたくしは3回も噛まれたわ。陛下なんて数えきれないくらい……大量の血でやっと落ち着かせたの。大変だったわ」
「ああ、私もかなり献血しましたね」
かつての吸血鬼王だった存在に血を吸われた記憶を、献血と言い切ったベールが渋い顔をする。どうやら「あげた」のではなく「無理やり奪われた」らしい。状況を察したルキフェルが口元を緩めた。
この3人で抑え込めなかったのならば、相当な強さを誇る呪いだったのだろう。
「質の良い魔力を含んだ血を求めて、手当たり次第に魔族を襲うヴラドは、複数のアンデッド系が混じった意思体です。ルシファー様の血に混ぜた毒を吸血させ、抑え込んだところを私が飲み干しました。生存本能と吸血衝動だけの化け物……まあ、呪いそのものですよ」
封印の際のすさまじい戦いを思い出し、ルシファーが「あれは凄かった」とぼやく。誰も彼も血塗れで、封じ終えた後はアスタロトが眠りに入ってしまい、後始末はベール中心に行われた。出血しすぎて怠いため、身体は重く思考は鈍る。当時を思い出すと、トラウマになりそうな光景だった。
「ヴラドは、私が死ねば解放されます。あなたにも迷惑をかける心配があるので、ご説明しておこうと思いまして」
「うん……もっと早く教えて欲しかったね」
ルキフェルがもっともな指摘をする。タブリス国の大聖堂で、ルシファーの狂化を止めようとしたアスタロトは命を投げ出そうとした。何も知らないルキフェルを残して……。
もしあの場でルシファーが封じられ、力尽きたベールとベルゼビュートが眠りにつき、アスタロトからヴラドが解放されたら? いくらドラゴン種族最強の称号を持つルキフェルであっても、到底1人で片付けられなかった。事前に教えてくれたら、魔法陣を用意するなり手を打てるけど、そんな事態を招かないように努力して欲しい。
濁した不満を感じ取り、ベールが「すみません」と謝罪する。申し訳なさそうなベルゼビュートが、巻き毛を指先で弄りながら目を逸らした。
「ヴラドは失敗作よ。魔の森が原始の種族を作ったときに、漏れ出てしまった悪意だわ」
あの意思体に他人を害する気持ちはない。ただ本能が求めるまま血を探し、強い魔力を求める。感情らしい感情は存在せず、他者を羨むことも憎むこともなかった。
喉が乾くから水を求める行為と、何ら変わらないのだ。だから簡単に消滅しない。生存本能しか持たないから、生物として厄介だった。
「様々な試行錯誤の結果、今の魔族の形ができた。でも魔の森の失敗はこの世界に溢れている。
一度存在した物だから、真似て劣化版を作り出すことができる。存在した記憶と工程が残された世界で、人族は偶然その知識を引き出す方法を見出した。
「勇者は呪われた存在……それはヴラドと同じ」
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