1115. 器用そうな奴が一番不器用
復元魔法で厨房を直すアスタロトを見て、ルシファーは「その手があった」と呟いた。いつも壊れてから修繕費を捻出してきたが、魔法陣を自在に操れる利点を活かせば良かったのだ。さすがは知恵者アスタロトと頷く魔王をよそに、なぜこの程度のことに頭が回らないのでしょうか、と側近は呆れ顔だった。
頭が悪いわけではないし、要領が悪い人でもないのですが……アスタロトのため息を、大公女達はそれぞれに受け止めた。リリスを支える自分達の今後の苦労が、今の大公アスタロトの苦労と重なる。ルーシアは少し遠い目になっていた。
粉塵が収まった厨房に復元を掛けたため、汚れだけ残った状態になる。ポンと手を叩いたルシファーが、悪気なく魔法陣を呼び出した。
「浄化するぞ」
「まっ!」
待てと叫び掛けたのは、ルーサルカだった。間に合わず、魔法陣が発動する。アスタロトは結界を張って防いだ。そう、吸血種にとって、浄化魔法は毒でしかない。発動してから気づいて青ざめたルシファーも、アスタロトの上に結界を重ね掛けした。
「あ、えっと……その、すまん。悪かった」
誤魔化さず謝ったことで、アスタロトもそこまで問い詰める気は無くなっていた。だが、今後のこともあるので苦言は呈しておく。
「周囲の種族を確認してから浄化をかけてください。他の魔法も同じです。水が苦手な種族もいれば、火を嫌う者もいます。いいですね?」
「はい」
きっちり理解したと頷くルシファー。隣のリリスは綺麗になったドレスを揺らして、一緒に頭を下げた。
「ごめんなさい、アシュタ。ルシファーに悪気はなかったの。止めるのが間に合わなかったわ」
「もういいでしょう。リリス様は上でお待ちください」
アスタロトが部屋で待てと告げる。腕を組んだルシファーを離す気がないリリスと一緒に、階段を登った。残った大公女達が動く気配を探りながら、ルシファーは口元を緩める。
きつい言い方をするが、アスタロトは気が利くし優しい面を持っている。今も爆発の責任をとって離れろと言ったように聞こえるが、実際はリリスの見ていない場所で調理を終える気だろう。大公女達が動いているのは、蒸し野菜のソースを作るためだ。
調味料を集めて用意させ、食べられる状態になった料理を運んでくるつもりらしい。イフリートが作れば爆発しないのだし、無事「リリスの手料理」という形は整うだろう。
リリスはまだ気づいていないようなので、気を逸らすためにも花を摘みに温室へ寄り道した。イポスは後ろに従い、駆け寄ったヤンも合流する。
「料理はみんなが運んでくれるから、花瓶に入れる花を摘もうか」
「そうね! きっと喜ぶわ」
テーブルセッティングもやってみたかったの。そう言いながらリリスは白いテーブルクロスに映える鮮やかな花を数本摘み取った。手を繋いで戻り、花瓶に水を満たして中央に置く。執務室の隣にある休憩用のテーブルに白いクロスを乗せ、リリスはピンクのテーブルランナーを掛けた。縁を赤い糸が彩る鮮やかな物だ。
「なるほど、それで花は赤がないのか」
ピンクや赤などリリスが好む色の花がないことに首を傾げたが、これは色合わせの関係らしい。花瓶は銀色の物を用意したので、そこに黄色、オレンジ、青紫の花を挿していく。
「出来たか?」
階下の気配を探り、そろそろ来そうだと振り返れば、赤いマットを人数分用意したリリスが、カトラリーを並べていた。テーブルのセッティングは完成のようだが……。
「グラスが足りないぞ」
「あら、本当に」
リリスが選んだのは、フルートタイプのグラスだった。どうやらスパークリングワインでも開けたいのだろう。確かノンアルコールのロゼがあったが……白の方が色としては映えるか。食べ物に合わせるなら白か赤。ならば選択肢としては白だろう。
数本取り出したスパークリングワインを置いて、誤解されやすい側近の到着を待つ。
「我が君、到着されましたぞ」
ぴくぴくと耳を動かしたヤンの合図を待って、リリスが扉を大きく開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます