1116. お食事会はあーんで始まる
色とりどりの鮮やかなソースを添えて、美しく盛り付けられた野菜や肉、魚が並んだ。大公女4人、護衛が1人と1匹、魔王、大公、リリス――9人分としては軽食程度か。味見をして満足できる量だった。ヤンは気を使ったのか、大型犬サイズに縮んだ。
「ヤン、大きくてもいいぞ。生肉あるし」
声をかけてやれば、生肉の部分により反応したフェンリルが大きな姿に戻る。窓辺の椅子にぶつかったが、丸まってソファ代わりにその身を提供した。
「ねえ、ヤン……こう、べろーんと大きく広がったら全員座れるわ」
その言葉にアスタロトと魔王ルシファーが顔を見合わせる。なぜ全員がヤンに座る話になるのか。リリスの思考回路はよくわからない。だがヤンもあまり深く考えずに「そうですな」と寝そべるライオンのように身を伸ばした。部屋の壁や家具を上手に使い、巨体を細長くして机に沿って回り込む。
長方形のテーブルの狭い方から頭、広い部分に胴体、回り込んだ狭い部分に尻尾を上手に配置した。何もないのは正面の広い一面だけである。
「私が食べさせてあげるからね」
ヤンの鼻先を撫でるリリスが彼の顔近くに陣取り、当然ながらルシファーがその隣に決まった。迷った末、アスタロト、ルーサルカ、ルーシア、シトリー、レライエと続き、尻尾と後足がある辺りにイポスが沈む。ソファより弾力性があり温かい毛皮に包まれ、妙な安堵感が広がった。
「思ったより快適ですね」
「アスタロトはあまり座らなかったか。ヤンは最高だぞ」
下手な高級家具より上質だ。毎日毛皮の手入れもされているし、たまにピヨのせいで一部が焦げていても、気づいたエルフが治療してくれる。
「ほぼ毎日ブラッシングしてるもの、ね? ルシファー」
「……リリス、その話は」
内緒だろう。しーっと人差し指で唇を押さえる仕草をするが、近いアスタロトの耳が聞き逃すはずはない。
「その話は後でゆっくりお聞きしますね」
嫌だと断る余地のない断定に、ルシファーが肩を落とした。書類処理に疲れると、癒しを求めてヤンの毛皮をブラッシングしていたのだが。残念と苦笑いしたルシファーへ、取り分けた芋をフォークに差したリリスが振り返る。
「あーんして」
素直に口を開けたルシファーが頬張るが、ちょっとサイズが大きかった。しかも芋の内部の温度が高かったらしく、はふはふと湯気を零しながら飲み込む。
「いま、リリス様。カットしなかったわね」
「それよりソースの選択が、独特だったわ」
「せめて個性的と言って」
シトリーの指摘に、ルーシアが青ざめる。そしてルーサルカが締めくくった。芋や野菜に対して用意されたディップではなく、隣の魚用の鮮やかな柑橘系ソースをたっぷりまぶしてあった。隣の肉用のワイン風味の方が合うんじゃない? レライエとイポスは、近くに置かれた魚を口に運びながら無言を貫く。
悪食とまで言わないが、リリスの味覚はちょっと変わっている。普通に食べているが、彼女はプリンに青魚を生で突き立てようとしたり、焼いた魚にはちみつを掛けたり。とにかく独創的や個性的という枠に収まらない、発想の持ち主だった。食以外の部分にも、それは発揮されることがある。
「美味しい?」
「とっても……ちょっとワインを取ってくれ」
微笑んでいるが、芋が喉につっかえたらしい。やや青ざめたルシファーへ、アスタロトがワインを渡した。スパークリングワインを一気飲みし、その間に見なかったフリでそれぞれに手を伸ばす。野菜や肉の間に指が入ってる心配もないため、安心して取り皿に盛った。
魚が届かないリリスのために、イポスが取り分けた魚が回ってくる。途中でシトリーが肉を乗せ、ルーシアが一般的な感性でソースを選んでかけた。ルーサルカ経由で受け取ったリリスは、満足そうに一口食べてから、残りをルシファーに食べさせる。
食べさせる行為に満足したリリスは「美味しかったわね」と幸せそうに笑う。その笑顔にほだされて、また数日後に厨房が大爆発するのは……魔王城の日常でもあった。
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