390. ピヨ、悪気なく大爆発

「がううぅっ!!」


「ママだっ!」


 唸るヤンの声に誘われて、城門からピヨが駆け出してきた。慌てて後ろから赤い鳳凰アラエルが追いかける。いつもの光景に、ルシファーは特に考えることもなくすれ違った。その直後、後ろで大爆発が起きる。


「え? えええっ!?」


 結界ごと吹き飛ばされかけて、青ざめた。魔力による攻撃ではなく、爆薬による物理的な力だ。自分より後ろにいた少女達を心配して振り返ると、水晶にしっかり魔力を込めた結界を維持している。


「無事か?」


「「「はい」」」


 声を揃えた3人と「ご心配ありがとうございます」と笑うルーシア。誰もケガをしていない状況にほっとした。物理と魔力の両方へ作用するよう魔法陣を刻んだ水晶を渡していたが、万が一ということもある。彼女らの無事を確認して、現場へ目を向けた。


「まあ……アスタロトは無事として……」


 彼は最悪、影の中に逃げ込めば無事だ。ルシファーの側近で一番防御能力が高いのはベールで、アスタロトではない。しかし彼が吹き飛ばされる状況は想定できなかった。間違いなく無事だろう。


 鳳凰であるアラエルが守るピヨも心配はいらなかった。番を命がけで守るはずだし、そもそも爆風はともかく爆炎は鳳凰に傷を負わせることはない。火山の火口で泳ぐような種族なのだ。


 問題はヤンで、彼はフェンリルであり魔獣だった。魔法に対する耐性はあるものの、基本的に防御魔法を使えない。特に炎や爆発系は影響が大きく出た。過去に何度も背中の毛を焼いたことがあるのも、そのせいだ。


「ヤンは」


 見つめる先は大爆発の炎がいまだに収まらないため、中を見通すのが難しい。眉をひそめたルシファーが炎へ足を向けると、煙に咳き込むヤンが飛び出してきた。


「ヤン! こっちへ来い」


 呼びつけるルシファーに従い、耳で感知した声の方向へ走る。どうやら煙で目をやられたらしく、毛皮に涙が滲んでいた。前がよく見えていないかも知れない。ルーサルカがハンカチを取り出し、近づいた大きなヤンの前で立ち止まった。


「ヤン様、目元にハンカチが触れますよ」


「はい」


 大人しく伏せて身を低くしたヤンの目元を、ルーサルカのハンカチが優しく拭う。ルーシアが先ほどまで蝶を作り出していた水でハンカチを少し湿らせた。大きな本来のサイズのため、両方を一度に拭くことができず、反対側はシトリーが担当する。


 鳥人族特有の羽で浮き上がったシトリーと、獣人族の運動神経の良さを発揮してよじ登ったルーサルカが、丁寧に目元を清めた。水を補充するルーシアが治癒魔法陣をヤンの背中に施す。一番戦闘向きのレライエが、後方への警戒を行っていた。


 性格や向いている属性が違うため、決めなくても自然と役割分担が出来ている。ヤンの治療や周囲への警戒の様子を見ながら、ルシファーは人知れず頬を緩めた。


「ピヨには自制を教える必要がありますね」


 ピヨを摘まんだアスタロトが転移してきた。どうやらあの炎に巻き込まれたらしい。長いローブや金髪は煙臭いが、焦げた様子はなかった。


「原因はピヨか」


 想像がついてしまい、ルシファーが苦笑いする。留守番だとヤンに置いて行かれたピヨが、母親と慕うフェンリルの帰城に興奮した。先ほどの勢いで駆け寄った先で人族を見つけ、敵だと判断して火を噴いた。人族が爆薬を持っていたので、大爆発となったのだろう。


「よく言い聞かせますから返してください」


 アラエルが後ろから奪おうとする。くちばしをかわしながら、アスタロトがピヨを持ち上げた。顔の高さでじたばた暴れる姿はヒナ鳥と考えれば微笑ましいが、実際は大型犬サイズだ。アスタロトの怪力でぶらさがったピヨは、なんとかヤンに飛びつこうと暴れまくっていた。


「ピヨ、いい加減にしないと……鳥刺しにします」


 焼き鳥は不可能なので、調理方法を変更したらしい。ぴたっとピヨの動きが止まった。以前に鳥刺しを見たことがあるため、現実的な恐怖として理解したようだ。殺気を纏う視線に怯えたのかもしれない。震える鳳凰アラエルが許しを請うようにぺたんとひれ伏した。


「あ……アスタロト様、ピヨを……」


 必死に番を助けようと言葉を探すアラエルに、ピヨが「アルー」と愛称で助けを求めた。

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