391. 暴走するピヨへの罰

「ピヨ……」


 複雑そうな声でヤンが名を呼び、ふんふんと鼻が動く。臭いでピヨのいる方角を察したヤンに気づくと、ピヨはまた暴れ出した。


「ママ、ママっ! ママぁ!!」


 鳳凰の成長速度がゆっくりでピヨがまだリリス位の赤子だとしても、扱う炎の温度は噴火口レベルで、感情のまま魔の森や魔王城に火をつける可能性がある。頭を抱えたアスタロトの懸念もわかるので、ルシファーとしては口を挟みたくなかった。


「アル! ママ! 助けてぇ」


「助けを求める前に、反省して謝罪しなさい」


 ぱちんと叩かれて、ピヨは目を見開いた。ほとほとと大きな目から涙が落ちる。反省したというより、叱られて驚いたのだろう。


 少女達の手当てを受けていたヤンが「ありがとう、助かった」と声をかけて身を起こした。ルーサルカが滑るように地上に降り、シトリーはふわりと舞って離れる。


 鼻を頼りにアスタロトの前で膝をつき、ヤンがぺたんと服従を示す。上位者に対する礼を取りながら、まだ涙が滲む目で青いヒナを睨みつけた。


「我が子が誠に申し訳ございませぬ。躾が出来なかった我の責任にございます」


「……ママ」


 刷り込み現象インプリティングが原因とはいえ、親代わりを務めたのはヤン自身の意思だ。実の子であるセーレと違い、ずっとそばに置いて育ててきた。懐くヒナを可愛いと思い甘やかした自覚があるため、謝罪が自然と口をつく。


 7代目セーレを育てた際は、魔王陛下の臣下として恥ずかしくないようにと厳しく育てた。そのため彼は今、妻をめとって一族を纏める立派な灰色魔狼フェンリルとして自立している。


 他者に迷惑をかける前に、同じように厳しく育てなくてはならなかった。反省しきりのヤンの姿に、羽の付け根を掴まれたピヨは驚いて言葉が出ない。大きな目から零れた涙が足元で真珠となって転がるが、ぴたりとその涙も止まった。


 強くて優しくて、いつも助けてくれるヤンなのに……迷惑をかけた自分の代わりに謝っている。母親であるヤンが頭を下げて謝罪する場面は、子供のピヨにとって衝撃だった。


「甘やかしたのはヤン殿だけではありません。私もよくなかったのです。番であるピヨに、鳳凰としての在り方を教えるべきだった。私が罰をお受けしますので、此度だけはお許しください」


 悪役を承知でピヨを叱っていたアスタロトの口元が、わずかに緩む。その変化に気づいたルシファーがようやく声をかけた。


「ならば、オレが罰を用意しようか。主犯のピヨは30日間、ヤンやアラエルへの接触を禁止する。その間にベールのところで修行して来い」


 これでよしと言い切ったルシファーに、アスタロトが「しかたないですね」と了承の呟きをしてアラエルの前にピヨを落とした。魔王軍を管轄するベールは、幻獣霊王という肩書と地位を持っている。すべての幻獣や神獣の頂点に立つ彼ならば、らんであるピヨの扱いにも慣れているだろう。


「我が君、我への罰は……」


「私はどうしたら」


 ヤンとアラエルの声に、ルシファーは意地悪く笑った。


「聞いていなかったか? ピヨは30日間の修行に出す。その間の接触は禁止だぞ。それがお前達への罰にもなる」


 軽すぎると口を開きかけたが、ヤンは抗議の声を噤んだ。ピヨと一緒に暮らすようになって、2日以上離れた記憶がない。そんな状況で未熟な子と離れることに恐怖すら感じ、ヤンは愕然とした。隣で羽を広げて伏せたアラエルは、ショックで茫然自失である。


「アスタロト、そのまま預けてこい」


 中途半端に夜を越して明日の朝になれば、ピヨ達にとって別れがつらくなる。引き離すならば今がいい。そう告げれば、アスタロトは「優しすぎるのです」と溜息を吐いたが、素直に従ってくれた。転移魔法陣で消えた側近を見送って、草原の焦げた草に眉をひそめる。


 人族の生き残りはいない。相変わらず命を大切にしない種族にわずかな哀れみを覚えつつ、ルシファーは踵を返した。

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