687. 忘れてきちゃったみたい
部屋に戻る途中で、リリスを抱き上げたルシファーが彼女を長椅子に下ろした。神妙な顔をしたリリスへ、小首をかしげる。
「靴をどうした?」
「忘れてきちゃったみたい」
けろっと白状したリリスだが、何かおかしい。部屋を出る前にアデーレがチェックしたはずだ。部屋の外まで付き添ったのも彼女で、後ろにイポスも控えていた。ならば、彼女が靴を履いていないと気づかないわけがない。
ちらりと視線を向けると、イポスは居心地悪そうに視線を床に落とした。口止めされたらしい。わかりやすい彼女の態度に、ひとつ深呼吸してからルシファーがリリスの手を握った。
叱られると思って俯くリリスの顎に指先を触れて、そっと上に向かせた。それでも顎を引くが、上目遣いのリリスと視線が合う。
「叱らないから、何があったか教えて」
「でも」
聞いたら叱るんでしょう? 彼女がここまで念を押す状況は、逆に何があったか伝えてきた。
きちんと着飾って出たリリスがアデーレとイポスを連れて歩く途中で、誰かがした行動によりリリスの靴が影響を受けたのだ。汚れ程度ならアデーレやイポスが浄化を使える。リリスも簡単な修復ならこなすだろう。
しかし現状、彼女の足元に用意した靴がない。
「リリス姫、あなた様が考えるより重大事件に発展します。早めの火消しを行うために、事情をご説明ください」
ベールが膝をついて説明を求める。まだ迷うリリスが唇を噛みそうになると、ルシファーの指先が優しく戒めた。首を横に振って「ダメ」と示せば、桜色の紅をつけた唇が綻ぶ。
「リリス姫が口になさらないなら、アデーレに尋ねるしかありませんね」
冷たい声で吐き捨てたアスタロトが、壁際に控える侍女長の腕を掴む。抵抗しないアデーレは従う。一礼して部屋を出ようとした背に、リリスの声が向けられた。
「わかったわ。私の口から言う。だからアデーレに聞かないで」
イポスを含めた彼女達を責めてはダメ、そう約束させるリリスへ、ルシファーがしっかり頷いた。元からリリスとの約束を破る気などない。
「助かりましたね、アデーレ」
「演技であっても、もう少し優しく掴んでいただきたかったわ。昔から手加減が苦手なんだから」
侍女ではなく、妻として文句を言ったアデーレに、アスタロトは苦笑いする。腕をさするアデーレだが、明日から大公夫人としてイベントに参加する予定だ。ドレス姿で腕に痣があれば、夫婦揃って噂の的だろう。
自分で治癒を試みるアデーレに、眉尻が下がるアスタロト。家庭内では妻が強いらしい。駆け寄ったルーサルカが、治癒用の魔法陣を描いた。慣れた様子で簡単そうに行ったが、この魔法陣を覚えるのに1ヶ月以上かかっている。
戦闘能力が低いことを嘆く彼女に、後方支援はどうかと提案したのがリリスだった。レライエの竜の腕力や火力は生まれ持ったものだ。ルーシアの魔力量の多さも同じ。シトリーが風を操って自在に飛ぶのも種族の特性だった。
獣人と人族のハーフであるルーサルカが優れているのは、嗅覚や殺気を感じる能力だ。それは戦いの場で役に立つが、戦闘能力を引き上げるものではなかった。だから彼女はリリスに言われた言葉を受けいれ、後方支援の為の魔法陣を必死に覚えたのだ。
「助かったわ」
吸血種族は傷の痛みに疎い為、治癒魔法は不得意な者が多い。よく出来たと褒めてくれる義母に微笑み、ルーサルカはすぐに仲間の隣に戻った。
「実は……靴は子供にあげたの」
リリスは己の行動を恥じていない。だから今度は顔を上げて、はっきりと目を合わせて言い切った。
「あげた?」
「そうよ、裸足の子供にあげたの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます