686. 主役は遅れてくるものよ
何だかんだ本番に強いルシファーを、アスタロトやベールは心配していない。それよりも今は、とにかく魔王妃殿下が間に合うかどうかが重要だった。
蝙蝠を飛ばして確認したアスタロトが、少し考えた後でベールに事情を説明する。どうやら髪を結うのにあと少しかかるらしい。ルシファーが姿を見せたあと、挨拶の最後にリリスを添える方法で乗り切ることに決めた側近達は、慌ただしく動き出した。
「リリス様が来られるまで、あなた方もここで待機してください」
「「「「はい」」」」
4人の少女達をカーテンの陰に誘導する。いつも一緒にいる側近を見つければ、魔王妃がいると騒ぎになるからだ。主人がいないのに、少女達だけ正式にお披露目をしても意味がなかった。
ルシファーを引っ張ったベールが、魔王城の中庭に面したテラスへ立たせる。
「リリスは?」
「ご挨拶の後に顔見せしていただきます。毎回恒例ですが、魔王妃殿下の正式なお披露目は最終日ですから……今日は顔見せだけです。リリス様のことは、魔王妃候補の姫として紹介してください」
「全員知ってるんだから、今更だろう」
「
ぴしゃりと言い切り、ルシファーをテラスの前面に押し出した。後ろに大公4人が定位置に並んだ。中央がルシファー、右にベールとルキフェル、左側にアスタロトとベルゼビュート。ルシファーがもごもごと「誰がそんな面倒なしきたり導入したんだ」と文句をこぼした。
わっと歓声が上がる。初日の中庭は抽選で入場者を決めるため、前列の貴族数十名以外は、民も貴族も敵もごちゃ混ぜだった。数十回前は、当代の勇者が混じっていたこともある。
短いが愛情に満ちた魔王の挨拶が終わり、貴族から治世を讃える声があがり、民も賛同して大きな唱和となった。わっと盛り上がる中、後ろから袖を引かれる。
「お待たせ、ルシファー」
「間に合ってよかった」
リリスが姿を見せたことで、人々はさらに熱狂した。幼女の頃から種族の差別なく触れ、言葉を掛け、愛情を注ぐ彼女は魔族の母に相応しいと人気が高い。その上、魔王の愛し子として名も広く知られ、魔力量も申し分ない。欠点があるとすれば多少悪戯好きなところだが、そこも欠点ではなく個性として受け入れられていた。
「魔王妃殿下だ!」
「全員、リリス様の左側に並んでください」
少女達に慌てて声をかけるアスタロトに従い、カラフルな衣装に身を包んだルーシア、シトリー、ルーサルカ、レライエが並んだ。婚約者に抱っこされたアムドゥスキアスも、ちゃっかりテラスで顔出しする。状況的に付属品扱いでいいでしょう。アスタロトは溜め息をついて見逃した。
大きな歓声に笑顔で手を振り返すリリスは、ひらひらとした花の蕾を逆さにしたようなドレスを纏っていた。淡いオレンジを基調とした絹は、風をはらんで揺れる。やや膨らみかけた胸元を適度に隠し、品よく仕上げられたドレスは、緻密な刺繍が施された逸品だ。
少し視線の位置が低いリリスを抱き寄せると、結い上げた黒髪に飾られた銀鎖が軽やかな音を立てた。毎日こうして魔王妃の髪を飾ることができて、ブリーシンガルの首飾りも本望だろう。本来の装飾品としての面目躍如だった。
ルシファーが提供した紫色の宝石が輝く首飾り、耳に飾る宝石は緑柱石、指輪は四角い宝石が光った。水晶の一種でバイカラーになっており、紫と緑が途中で重なるように斜めの線を作る。珍しい石だがさほど高価ではなかった。
着飾った少女達が加わると、テラス上は華やかになる。濃い色を纏う大公達は正装のマナーに則っているが、少女達は貴族女性としての正装が求められた。基準となる服装規定が違うため、愛らしくも華やかな姿になる。
歓声を浴びるテラスで小さな騒動が勃発していたが、大公含め全員が何食わぬ顔で部屋に戻るまで誰も口にしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます