421. そんなの怖いね
会議終わりはひと騒動だった。
「我が一族にぜひ!」
「ご下命承りますぞ」
「命がけで戦いますから!!」
「火力は竜が一番です」
今回の騒動を起こしたガブリエラ国以外も調査し、召喚魔法陣を所有する場所を特定する必要がある。その後、召喚魔法陣を破壊して罰を下す予定だが……魔王ルシファー自らの出陣とあって、立候補する種族が大量に湧いて出た。
「振り分けは任せる」
面倒くさいのと、そろそろリリスをお風呂に入れる時間なので、そわそわするルシファーはそう告げると逃げた。さっさと退場したルシファーの後ろ姿に縋る声が聞こえなくなった頃、ほっとしながら歩調を緩める。押し付けたのでアスタロトは足止めを食ったらしい。
魔王軍や貴族を管轄するベールと、文官を取り仕切るアスタロトに任せれば問題ないだろう。特攻隊長のベルゼビュートもやる気だし、ルキフェルは新しい研究材料に目を輝かせていた。参加する種族の一覧は明日確認すればいいか。
自室へ向かう足は止まらない。
「またお出かけするの?」
リリスは大きな赤い目を擦りながら、大きな欠伸をする。午後の会議は何とか起きようと頑張ったが、お昼寝の時間はしっかり眠っていた。習慣は簡単に覆せない。
「泣いてた子、平気?」
「勇者アベルか? あの子を家に帰してあげるために、お友達を探す必要があるんだよ」
召喚魔法陣を直に見ないと判断できないが、もし異世界の座標が特定できれば、転移魔法陣の応用で送り返せるかも知れない。しかし勇者であるアベルは、聖女として連れ去られた同郷の少女がいなければ帰ろうとしないだろう。
意外と芯が強い青年だ。最初に偽者に流されず、過酷な環境でも耐え抜いたアベルの強さをルシファーは評価していた。多少の無理をしても、帰してやりたいと思う。
「お友達、見つかるといいね」
「リリスは優しいな。一緒に探しに行こうか?」
「うん」
置いていく気はないが、手伝いをしてほしいと話を向ける。擦っていた手を止めたルシファーに、にこにこと笑った。
「あのね。お友達がいると楽しいの。早く見つけないと寂しいから、リリスもお手伝いする」
「お手伝いしてくれるなんて、偉いな」
ぎゅっと抱きしめたルシファーの耳に「ピンクのがいい」とお風呂の薔薇の要望が届く。私室の扉をくぐり、お風呂の前にリリスを下した。お昼ご飯で汚した服を魔法陣で綺麗にしたのは、着替えると余計な詮索が増えるからだ。会議後の騒動をみれば正解だったと言える。
魔族の愛は重いことが多く、それは恋愛以外の家族愛や主従愛でも発揮されていた。お陰で支持者も多いルシファーだが、時々暴走されると止めるのも大変だ。
「パパ、ぽーんして」
万歳して待つ娘のワンピースをぽんと脱がせ、走っていくリリスに注意する。
「転ぶぞ」
「へいきぃ……きゃあ!」
返事の途中で声が変わったので、魔法でクッションを送っておいた。自分の服を指パッチンで消してから覗くと、エアクッションに抱き着いている。結界が常に発動してるため、転んでも大ケガをすることはない。洗い場で座らせて身体や髪を洗わせた。
自由に洗って満足したリリスのために、棘なしのピンクの薔薇を8つほど浮かべる。一緒に湯船に浸かりながら、リリスが薔薇の花びらを千切るのをみていた。
「異世界に来るって、どんな気持ちなんだろうな」
ぽつりと呟いた。声が風呂場に反響する。
「いせかいってなぁに?」
「うん? そうだな。知らない世界だ。自分のことを知ってる人がいない世界で、見たことない食べ物や生き物があって、何もわからない場所――」
「そんなの怖いね」
リリスは小さなタオルを沈めて遊んでいた。前にルシファーが見せてやった遊びで、タオルに空気を包んで沈める。中でタオルを潰すと泡がたくさん出るのだ。1歳に戻ったリリスを楽しませようと何回か見せたのだが、覚えていたらしい。
小さな泡を出しながら、またタオルで空気を包んでいた。魔法を使えば簡単に同じことができる。しかしそんな常識すら通用しない世界に落ちたら、何が出来るだろう。
身ひとつで投げ出され、言葉が通じなかったら? 食べられる物がなかったら……そして魔法や魔術が使えなければ、魔王の肩書も役に立たない。
世界を異にするということは、そういう恐怖が付きまとう。己が得た知識や常識、経験がまったく無に帰す場所に誘拐されたなら、帰りたいと泣く勇者の気持ちが理解できる気がした。
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