30. シリアスだとまともな魔王に見えます

 踵を返そうとした直後、転移したアスタロトが剣を抜く。反射的にリリスを庇ったため、ルシファーの反応は遅れた。取り出した右手の刀を動かすことができない。


 魔王が褒め称えた美しい虹色の刃がルシファーの首に触れていた。直接触れている以上、間に結界を張る防御は使えない。あと少し力を込めれば、首を落とせる状況だった。


「どういうつもりだ、アスタロト大公」


 反逆はんぎゃく行為に、集まった爵位持ちが騒ぐ。魔力ならば魔王ルシファーの右に出る者はいない。4大大公であっても、それは理解しているはずだった。


 話した喉の動きで、僅かに皮膚が切れて血が伝う。それでもルシファーは平然としていた。腕にリリスがいなければ、かなり様になっている。


「陛下、さきほどの行為が何を意味するか……おわかりではない、と?」


「証拠品の資料が燃えただけであろう」


「そう、あなた様が証拠隠滅をした事実があるだけです」


 忌々しそうに、ルシファーの腕の中のリリスを睨みつける。が、ふにゃりと笑ったリリスの笑みに、つい緊張が解けた。


 はあ……大きな溜め息をついて剣を下げる。右手の剣を消すと、長い公式ローブの裾を捌いて膝をついた。頭を下げて、ルシファーの衣の裾に接吻ける。主従を誓う際に行われ、その後も主への敬愛を示す行為として魔族に伝わる儀式だった。


「命を懸けて、あなた様に進言申し上げます。民を守るが君主の務め、我々配下の者はあなた様のしもべとなり手足となりましょう。どうか裏切る行為だけはしてくだいませぬよう……我々はあなた様の御世を永らえさせるため動いております。証拠品しかり、報告しかり。その努力を一時の感情で無にするなど」


「わかってる。悪かった。被害を受けた民にはオレから説明するし、ちゃんと償う。だが、我が養い子であるリリスを悪魔と称した非礼は別だ」


「事実、悪魔の所業でした。耳を噛まれた狼獣人は引き篭もって外出できませんし、髪を抜かれた吸血鬼の娘は未だ怯えております。尻尾の毛を抜かれた兎人も自宅から出るのが怖いと震えていました」


 思ったより深刻な被害だったことに、ルシファーは滲んだ冷や汗をそっと拭った。どうしよう、リリスを助けようとしただけで、反逆一歩手前まで騒動が大きくなっちゃった。


 見回す先は、どちらにつくか迷う貴族が視線をさ迷わせている。


「アスタロト、あなたは3日間の謹慎とします。陛下も同様に。この暴挙を止められなかったベルゼビュートと私は、陛下たちの謹慎が解けた後に3日間の謹慎としましょう」


 全員が消えては国政が滞りますからね。軍と貴族を統括するベールの裁断に、貴族達は安堵の表情を浮かべて玉座の間を出て行く。


「助かった、ベール」


 ほっとしながらルシファーが声をかけると、ベールは鮮やかな青い瞳を細めて忠告した。


「今回だけですよ。次は私がアスタロトと同じことをするでしょう。リリス嬢が大切だとしても……いいえ。大切ならなおさら、彼女に悪評がつかぬよう陛下が守らねばなりません」


 言い切るベールは、腕の中で成り行きに不安そうだったルキフェルに微笑みかける。その意味は、彼自身が言葉通りにルキフェルを守っているということ。


「……本当に悪かった」


 謝るルシファーの足元で、アスタロトは項垂れていた。発作的な行動とはいえ、主君に剣先を向けた挙句にケガをさせるなど――身の処し方を考えなければならない。


「これから3日間か。謹慎は自室でいいのか?」


 ルシファーの質問に、ベールは「はい」と一言だけ同意した。それから痛ましげな視線をアスタロトへ向ける。彼が自害などしなければいいが……そんな眼差しに気付いたルシファーは、リリスを抱いたまましゃがみこんだ。


「ほら、謹慎するぞ。アスタロト」


「え?」


「え、じゃなくて。お前が来ないと誰が謹慎中のオレを見張るんだ」


 いつも通りの態度で、いつもと同じ声で名を呼ぶルシファーに、アスタロトは「はい」と俯いて返事をする。その小さな声に苦笑いして、ルシファーが立ち上がった。手を差し伸べる。


「行くぞ、アスタロト。早くしないと城から逃げ出すからな」


「謹慎を何だと思っているのですか、陛下!」


 反射的にいつもの受け答えが口をつき、アスタロトはひとつ深呼吸してルシファーの手を取った。

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