573. 余計な知恵ばかりつきました
爆発により新たに発見された源泉は、温泉の効能が違うらしい。さらりとした透明な湯ではなく、どろりと重い白濁した湯だった。ぬるぬると滑るのは、美肌の湯と呼ぶらしい。異世界知識でアベルが説明してくれたので、なるほどと皆が納得した。
確かに入浴後の肌はすべすべとして気持ちがいい。
新しいお湯は「竜湯」と名付けられた。温泉を掘った者の種族名を冠する形だが、暴れたエドモンドはアスタロトに叱られて自主謹慎中である。普段から結界を展開するルシファー、慌てて結界を張ったアスタロトは無事だったが、イザヤは巻き込まれて打撲多数、アベルに至っては骨折という有様だった。
身を守る術を覚えさせる意味でも、彼らに魔法を教えるのは必須と結論付けられる。近く、ルキフェルが教師となって簡単な魔法を覚えさせる予定が組まれることとなった。
イザヤもアベルも治癒魔法により回復したが、あんな目に遭ったのに露天風呂通いは続けている。日本人という種族の風呂好きに、アスタロトは呆れた。
「ルシファー、こっち」
屋敷に滞在する人数が増え過ぎたため、露天風呂は男女の時間制となった。幸いにしてルシファーの使う主寝室には、別に温泉が引かれている。室内風呂ならば、リリスの白い肌を他人に披露する心配なく好きな時間に入れるのだ。リリスと手を繋いだルシファーは鼻歌まじりで、庭に用意した薔薇を選んでいた。
「これがいいわ」
今日は白薔薇を指さすリリスに「わかった」と頷いて花を摘む。以前にリリスに好きにさせたら棘で指先を傷つけたので、現在は薔薇から棘を取るまで持たせない。過保護もここに極まれりだが、戦場に平然と抱いて行ったりするので、一部の貴族から「過保護?」と首を傾げられていた。
ルシファーとしては、ある程度リリスの好きにさせている。ただ失敗したり傷を作ったりすると、途端に甘やかして取り上げるだけだ。この辺は側近が口を酸っぱくして注意しても無視されてきた。
「よし、一緒に入ろう」
「え? 一緒で平気なの?」
「……なんでダメだと思うんだ?」
噛み合わない言葉がやり取りされ、リリスは首をかしげて呟いた。
「だってね、まだリリスは
「……リリスが一緒にお風呂に入らず、隣で寝てくれないことが残酷だぞ。それと閨事なんて言葉は、嫁入り前のリリスが口にしちゃいけません」
「ふーん」
昔からの癖だ。少し疑問が残っている時の返事が「ふーん」であり、はっきり理解すれば「わかった」と返す。何か気がかりがあるらしい。
「ルシファーは平気なの?」
「……平気になる」
そこは頑張るしかない。リリスに距離を置かれるくらいなら、身勝手な欲望は抑え込めると思う。襲いそうになったら、自分を弾く魔法陣でも作ろうか。邪な感情を感知するよう設定したら、ルキフェルあたりなら作ってくれそうだ。
「平気になると、リリスが大人になった時に
「それはない!」
断じてないと言い切れる。力説したルシファーに、リリスはきょとんとした後にっこり笑った。
「じゃあ、一緒に入れるね! よかった」
悪気のない一言や無防備過ぎる笑みの方が、下手に裸体を見るより衝撃が強い。意識してしまうと、ささやかな言動がすべて気になるのだが……ルシファーはぐっと飲み込んだ。将来は鳴かせたいが、いま泣かせたいわけじゃない。
オレは父親だと言い聞かせて心を鎮めたルシファーと手を繋いだリリスが風呂へ向かい、先ほどのやり取りが嘘のように抵抗なく素っ裸になった。するするとドレスを脱いで放り出し、子供のようにお風呂へ向かう。慌てて後を追い、リリスの身体を洗う手伝いをした。
黒髪を洗うのは自分の仕事だと丁寧に泡立てて、濯ぎもしっかり行う。濡れた黒髪をくるりと巻き上げてお団子にして、髪留めで止めた。
「ルシファーの背中を洗うね」
いつもと同じルーティーンだが、何かが違う気がした。
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