631. 卑怯なくらいがちょうどいい
飛び込んだ獲物を、すべて叩き伏せていく。優雅に舞うような足捌きで敵の攻撃を避け、流れる動きで剣を振るう。そこに無駄は一切なく、ベルゼビュートの動きに合わせて揺れる巻き髪に精霊達が戯れた。かかってきた男達をすべて地に這わせ、物足りなさに溜め息をつく。
燃える家を消火するのは、水の魔法を使える女の役目らしい。どの女性も下着のような恰好をしていた。この集落では、服はあまり好まれないのかしら。自分も胸や足が際どいドレス姿なので、「それもそうよね」と納得した。
森の中に暮らしていれば、衣服など不要だ。人族のように軟な肌を持っていれば別だが、植物は彼女を害さない。毒は効かず、枝や棘は遠慮した。そのため裸に近い姿で森のエネルギーを直接浴びる生活は、彼女の性に合っていた。
森の木々は沈黙し、集まったドライアドは手出しを禁止されたため動かない。しかし逃げる者は吊るし上げて構わないと許可を得た
ベルゼビュートに挑んで負けた者を捕まえた蔓が、獲物を引きずっていく。魔の森まで連れ去った彼らを縛り上げ、次々と大木の枝に吊るし始めた。手伝ってくれるドライアドや魔の森に礼をいい、ベルゼビュートは残った魔力を数える。
あと――16人。
「しねっ!」
飛んできた魔法を、指先で弾く。魔法陣を展開するまでもなく、魔力頼みの炎が散った。美しい火花となって舞う指先で、火の精霊が満足そうに笑う。精霊族として魔族の一角に名を連ねる者は、他の魔族との混血で肉体を得ていた。しかし原始から精霊は肉体を持たない。
ベルゼビュートのように膨大過ぎる魔力が形を成すほどの、圧倒的な力があれば別だが。精霊女王として君臨する彼女は、おいたをした子供を見る目を攻撃者へ向けた。以前にリリスを傷つけた貴族の小娘だ。だれぞ、侯爵家の血を引いていた気もするが……。
「あらあら、侯爵令嬢が今は罪人の奥方様? でもお似合いね」
「うるさい! 誰のせいよ!!」
「少なくとも、あたくしのせいではないわ」
煽る言い方をして、ベルゼビュートは手入れのされたピンクの爪で髪をかき上げた。
「やっちゃってよ! あんた!!」
ここでは満足に手入れが出来ていないのだろう。ぼさぼさの髪を振り乱して叫んだ元侯爵令嬢の夫らしき大柄な男は、鬼の角と巨体を持つ。巨人系の種族とオーガ辺りの混血らしい。力任せの戦いを好む男が斧を振り被った。
表面が錆びているのは、斧で魔獣や魔族を襲ったあと手入れをしないからだろう。頭の方は多少お粗末なようだった。ここにアスタロトがいたら、「あなたも似たようなものでしょう」と呆れ交じりに笑われるが、ベルゼビュートに自覚はない。そのため強気だった。
「武器の錆は恥よ」
くすっと笑って細い剣で斧を受け止める。頭上に翳した剣を片手で支え、体重の数十倍の重さを持つ斧の攻撃を笑顔で横に払った。どすんと音がして地面が割れる。すぐに大地の精霊によって斧は固定された。
「そんなの! 卑怯よ」
「そうね、実力差は卑怯なくらいがちょうどいいわ。だって……あなた方みたいな愚か者にも実力差が伝わるじゃない」
小首をかしげたベルゼビュートの指先が、精霊達に合図を送る。心得た精霊が愚か者を捕獲しに動いた。火で追い出し、水を被せ、大地が足を掴み、風に押し倒される。最後にドライアドが伸ばした蔓は16人を縛り上げて吊るした。
「全部捕まえたわよね? 残すともったいないし……生きて運ばないと叱られちゃうわ」
吊るされた獲物を数え、全員そろっていることにほっと安堵の息をついた。
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