379. 元はオレの金じゃん
謁見の間いっぱいに広がった赤子用品から幼児服まで、どこの幼児専門店かと疑う品数の多さに、ベルゼビュートが苦笑いする。ベリアルの同僚であるコボルトがアスタロトの執務室へ向かう途中で出会い、先に駆け付けたのだが……これは予想以上だった。
「陛下、アスタロトが来るまでに片づけないと叱られますわよ」
魔の森を歩くとき花を踏まないベルゼビュートは、その器用さを
スライム型の水色枕と兎さんタイプ、それとも猫耳がチラ見えする黒猫のが似合うか。リリスの背中に背負わせるリュック形状のぬいぐるみを比べていた目を上げると、ベルゼビュートは近くのベビーメリーを突いていた。
「ん? なんで叱られるんだ」
「この有様をよくご覧になって。ここは私室ではありませんわ」
言われてぐるりと見回し、思ったよりたくさんの品物に囲まれている現状に気づいた。ベビー服から玩具の類、はては家具に至るまで、積み上げた箱がぐらぐらと揺れる。私室であってもこれだけ散らかせば、アスタロトに説教されかねない。
「すぐに片づけよう」
手早く黒猫人形を背負わせたリリスを抱っこして立ち上がった後ろから、呆れ交じりの声がした。アスタロトの声は淡々としていて逆に怖い。
「随分隠しておられたのですね」
「これは凄い量」
ルキフェルが呟いた事実が、ぐさりとルシファーに刺さる。嫌味ではなく単に感心しているとわかる声色だからこそ、余計にダメージを与えた。
「陛下、ここは謁見の間です。すぐに片づけてください」
最後にベールに止めを差された。公的な場を私的に使ったのは事実だが、口を揃えて叱られると
その時点でこの未来は確定していたのだ。私室に入らない量を広げる屋内と考えて、謁見の間を思いつくのもどうかと思うが、それよりも隠し持っていたリリスグッズの数がバレたことが恐かった。
「おや……こちらの幼児用銀食器一式は、あの請求書に記載があったものでしょうか」
未開封の銀食器セットを見つけたアスタロトが、手元に引き寄せて状態を確認する。以前に魔王城の予備費を使い込んだ際に、「魔王城はリリスで保っているから経費」と言い切って叱られた。そのときの購入品リストにあった食器だ。
隣の幼児服を持ち上げたルキフェルが「これ、リリスに似合いそう」と無邪気に箱の間から引き抜いた。ぐらぐらと不安定な箱が崩れ、コボルト達の努力を無駄にする。落ちた箱の中から出てきた購入時のタグ付きの服は、明らかに新品だった。
よく見ると新品未使用の服や食器、家具が大量に並んでいる。
「これだけあれば、数十人の幼児が生活できそうです。没収して孤児院へ寄付しましょう」
「いやいやいや、待て! これは魔王妃予算でオレが集めた……」
「ほう? 凍結した予算を勝手に使ったのですか?」
口を滑らせ墓穴を掘るルシファーが慌てて口を押えるが、時すでに遅し。アスタロトが距離を詰めていた。助けを求めるルシファーの視線は、冷たい側近達に弾かれた。唯一気の毒そうな顔をしていたのはベルゼビュートだが、それでも助ける気はない。とばっちりは御免だった。
「えっと……その、あれはリリス用だから」
かつて魔王妃候補としてリリスを擁立した際に設けられた予算だが、現在は大公権限において凍結された金庫である。魔王といえど勝手に開けて使い込んだのなら、新たな横領疑惑だった。
「姫のために使うのなら、どうして申請しないのですか」
諭す口調でベールが切り出した。申請されれば凍結を解除して支払うことも可能だ。必要なものを購入する費用まで制限する気はない。リリスが魔王妃となる未来が決定している以上、予算申請の対象だった。ましてや予算の確認は魔王自身が行うのだから、書類整理を真面目にしたらすぐ承認される。
「だって、リリスの魔王妃予算って……元はオレの
口を尖らせたルシファーの子供っぽい言い分に、アスタロトがぽんと手を叩いた。
「確かに。あなたの金庫から引き出したお金でした」
「……だったら構わないだろ」
ぼそっと拗ねた口調で呟いたルシファーがこっそり、離れた場所から魔法陣で収納を始める。こそこそとした動きに気づかないわけがなく、側近達は笑顔で頷きあうとルシファーの収納空間に手を突っ込んで中身を引き出した。
「ちょ……っ」
「まだ隠しているのでしょう。全部出しなさい」
その後、大量の育児グッズから必要と思われる物を残し、『リリス姫からの恩情』という名目で孤児院に寄付された。黒猫人形を背中に背負った赤子は、知らないところで善行を施していく。
魔王を悩ませた兎タイプやスライムの転倒防止ぬいぐるみは、孤児院の赤子の頭部をしっかりと守って役立ったうえで、さらに新たな拾われ子にも使い倒されたらしい。
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