874. いちゃつく番のお披露目
「ピヨをよろしくお願いします。目を離さないでください、母上殿」
「母ではないが、預かる。しかし……我も護衛の任があるのだ」
アラエルが引っ張られながらヤンに頼む。鳳凰の舞を冒頭に行い、途中で2度目の披露も行うこととなった。そのため回収される罪人アラエルは、ずるずると抵抗しながらも引きずられていく。巨大ドラゴンが2匹かかりで引いた鎖に首輪を繋がれ、鳳凰の抵抗はほぼ意味をなさなかった。
「ピヨなら首輪付きで監視しておくゆえ、さっさと踊ってこい」
ひらひらと手を振って追い払うルシファーの声に、ようやくアラエルは大人しくついていった。名残惜しそうに振り返るものの、母代わりのヤンにべったりのピヨは冷たい。行ってらっしゃいと無邪気に手を振り、アラエルはほとほと涙を零しながら連れ去られた。
ルーサルカは宣言通り、淡いオレンジのAラインドレスに金の髪飾りを揺らす。婚約者役のアベルがまだ空間酔いから戻れないため、今日は義父アスタロトが付き添いとなった。すごく機嫌がいいが、狙ってアベルの転移に空間異常を引き起こしたのなら器用である。
今夜の宴会場は街の住民も自由に出入りできるよう、外壁の外にある離着陸用広場に作られた。広く平らな草原は、テントが張られて屋台が所狭しと並ぶ。中央部分に木製テラスに似た小さな櫓がおかれ、中央に魔王が悠然と腰掛けていた。その腕の中、膝の上でリリスがにこにこと手を振る。
通りがかる人々は口々に魔王と魔王妃を称えた。ルシファーの純白の髪は上半分だけ結い上げ、残りは垂らしている。公式行事ではないが、お披露目という中途半端な状況に合わせたアスタロト会心の作だ。王冠である髪飾りを1つだけ乗せた。衣装は珍しく白に銀糸で刺繍が施されたローブである。
涼し気な魔王に対し、リリスは淡い緑のワンピースだった。足首まであるマキシ丈のワンピースは薄く肌触りの良い綿である。庶民的な材質だが、全体に施されたピンクと白の花柄刺繍が豪華だった。アンナの案で髪をお団子にして大き目の飾りがついた簪で留めた。
拳ほどもある大きな翡翠の珠がついた簪は、シンプルゆえに民の心を掴む。あっという間に簪や髪飾りを扱う店は売り切れが続出し、似たようなデザインから消えていく店頭は大騒ぎだった。
レライエは翡翠竜の鱗の耳飾りを揺らしながら、クリーム色のシャツワンピースに身を包む。珍しく少年姿で腕を組む翡翠竜アムドゥスキアスは、得意げに胸を反らすが……贔屓目に見ても姉弟にしか見えない。婚約者を名乗るなら、もう少し年上の姿が必要だった。
駆け付けたジンとお揃いの紺リボンを飾ったルーシアは、象牙の肌が映える紺色のドレスだ。カジュアルなデザインながら、肩だしでオレンジのショールを羽織る形だった。イポスは動きやすいよう足元にスリットの入った青のドレス、合わせたストラスは鮮やかなブルーのスカーフを首元に飾る。
誰もが着飾った会場で、アスタロトも珍しく金髪を結い上げた。公式行事以外で見せない姿に、街の奥様やお嬢様方から黄色い悲鳴が上がる。
「珍しいな」
「ええ、ちょっとした気分で」
よほど良いことがあったのだろう。めちゃくちゃ機嫌がいいぞと唸りながら、ルシファーは膝の上のリリスにせっせと食事をさせる。食べさせやすいよう横抱きにしたお姫様は、口を開けて次の果物を待っていた。
「あーん」
「あーん……甘いわ」
「よかった」
にこにこしながら給餌を続ける仲睦まじい魔王と、素直に口を開けて待つ幼い仕草の魔王妃に、人々はこれからの治世の穏やかさを願い手を合わせた。ヤンをソファ代わりに横たわる彼らの足元で、ピヨは首輪付きで果物の皮を齧る。
「神や仏じゃないんだから」
アンナが苦笑するが、日本人以外には意味がわからない。イザヤもアンナも魔王のポケットマネーで買い与えられた服を着こなし、魔王の側近のような立場で櫓の上にいた。
「始まるぞ!」
誰かの放った声に種族も地位も関係なく、全員が空を見上げる。火の粉を散らしながら空を舞う鳳凰が間隔を取って羽を広げた。
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