64章 己の立場を自覚すること

875. ドミノ倒しの災害と混乱

 集団で舞うことが少ないせいか、個々に魅せる踊りを披露する鳳凰達に拍手が送られる。盛大なスタートとなった宴は、それから1時間で大惨事となった。


「陛下、おわかりですね?」


 そして祭り開始から1時間半後、魔王は屋敷で叱られていた。宴から撤収となったのは、興奮したドラゴンが櫓を破壊し、街の住民にケガ人が出たためだ。ドラゴンが暴れた原因は、ルシファーだった。正確にはリリスも含まれるが、今の彼女はぐっすり夢の中である。


「ごめん」


「謝罪は後です。原因をご理解いただいているか、確認しているのです」


 リリスを抱きしめたまま、床に座るルシファーへ側近アスタロトがきつい口調で尋ねる。リリスを取られないよう、必死のルシファーはぼそぼそと答えた。


「オレが悪かった。リリスが酒を口にしたのはオレの確認が足りなかったからだし、暴れるドラゴンを取り押さえるのが遅れたのも、住民がケガしたのも、ピヨが炎を吐いたのも全部オレが悪い」


 珍しく自虐的になったルシファーに溜め息をつき、アスタロトは距離を詰めた。反射的にリリスを引き寄せるルシファーの顎に指をかけ上を向かせ、頬をぱちんと叩く。平手の直接攻撃に、歯を食いしばる余裕もなく切れた唇から血が流れた。


「理解していません。いいですか? あなたが叱られているのは、自らの安全を後回しにしたことです」


 しょんぼりとしたルシファーの口元にハンカチを押し当て、アスタロトは冷やしながら言い聞かせた。膝をついて覗きこむ側近の眉尻を下げた表情に、ルシファーは申し訳なさそうに頷く。


 僅か1時間前は楽しく宴に興じていた。温泉街の民は陽気な者が多く、屋台も果物や新しい名物のチョコを使った甘いものが主流だ。日本人に言わせると「南国の雰囲気」となるらしい。鳳凰の1回目の舞披露が終わり、他種族の旅芸人が舞いや芸を始めた。


 リリスが興味を持ったのは、槍の上でバランスを取るドラゴン達の我慢大会だ。大柄な体を小さく丸めて細い槍の上で落ちないよう堪える姿は、確かに可愛かった。小柄なドラゴンが有利かと思えば、意外と巨体のドラゴンも粘る。わいわいと騒がしく、周囲ははやし立てて盛り上がった。


 じゅくしすぎて発酵した果物を食べて酔ったリリスが歓声をあげ、興奮して騒いだ。彼女を宥めている間に目を離したピヨが炎を噴き、掠めた神龍がピヨを攻撃した。


 彼らを止めるルシファーへ、番を守ろうとしたアラエルの攻撃が誤って直撃し、怒ったヤンがピヨを噛んで確保する。イポスがアラエルを取り押さえた。


 騒動のトドメは、油断してケガをしたルシファーを見て、混乱し泣き叫んだリリスが魔法をぶっぱなしたのだ。酔っぱらい故の手加減のなさに、森の一部が消失した。


 娘ルーサルカに言い寄ろうとする貴族を笑顔で撃退していたアスタロトが気づいたとき、ちょうど櫓が崩れるところだった。魔王に危害を加えた鳳凰に怒ったドラゴンの尻尾が櫓の足にぶつかり、傾き崩れる櫓が人々の上に破片を落とす。


 咄嗟に転送魔法陣を応用したアスタロトの機転で、ほとんどの瓦礫は街の外へ放り出された。しかし間に合わなかった瓦礫が屋台などにぶつかり、一部の参加者にケガ人が出る。駆け付けたルーシアやルーサルカがすぐに治療を始め、幸いにして重傷者はでなかった。


 鳳凰の炎がルシファーを直撃したと知り、アスタロトは青ざめる。直後に暴走したリリスが放った魔法を捻じ曲げ、森へ飛ばすので手一杯だった。リリスの魔力で切り裂かれた血だらけの姿で、主君の元へ駆け付けると……泣きじゃくるリリスが側近達を威嚇していた。

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