1284. 酔っ払いには魔王も勝てぬ

 泣きながらよく分からない管を巻くリリスを抱き上げ、野営用のテントを張って中に籠る。魔力が足りなくなって、森がドワーフを襲ったら呼ぶよう命じた。裏を返せば、それ以外の用事で呼ぶなと言いつけたのと同じだ。


 リリスに酒を飲ませたことにオレが過剰反応したので、酒好きなドワーフ達もさすがに反省した。すぐに酒を片付けて、木々の伐採に取り掛かる。彼らは方角や距離を体感で計測するが、ほぼズレはなく正確だった。そのため伐る木を間違えることはないだろう。


 念のため遮音は諦めた。緊急事態で聞こえずに閉じこもる間抜けな魔王をやらかすと、アスタロト達の説教が辛い。木に斧を当てる音が響く中、リリスはルシファーにしがみ付いていた。


 真っ赤な顔でうっとりと目を細め、誘惑するように赤い唇が薄く開いている。暑いのか、服を脱ごうとすること数回。その度に着せ直し、襟まで直すルシファーだった。


 魔王城の私室で一緒に風呂に入るが、その時は疚しい気持ちは欠片もない。娘に応じる父親役に徹し、体を洗っても洗われても反応させなかった。だが酔っ払っての誘惑は事情が違う。ルシファーには目の毒だった。


 先日婚約の準備を始めるため、宝石類などを選んだ。あの頃から意識してしまうのだ。常に隣にいた娘が、妻になることを――。


「ルシファー、私……服着てるの、おかしいわよね」


「おかしくないぞ。オレも着てるだろう?」


「じゃあ、多分だけどぉ。ルシファーも、ひっく、おかしいのよぉ」


 語尾が伸びてきた。充血した目が、昔の赤い瞳を思い出させる。そういえば、なぜ金色になったんだったか。現実逃避のために考えるルシファーの思考を、するりと頬を撫でる手が引き戻した。


「水を飲んで落ち着け、リリス」


「落ち着いてぇ、ると思う?」


 何故か疑問系。酔っ払いに法則などない。だから頷きながら水を飲ませた。大人しくコップの半分ほど飲んだところで、いきなり手を離して後ろに倒れた。咄嗟にコップを投げて放り出し、リリスを受け止める。がしゃんと後ろでコップが割れた。


「魔王様、なんぞありましたか?」


「コップを割っただけだ。心配ない」


 答えたルシファーの首に手を回したリリスは、くすくすと笑い続ける。そろそろ寝てくれるか。様子を見ながら、ゆっくり横たえたルシファーの首を強引に引っ張り、リリスがキスをした。重なる唇、酒臭い息……少し苦い味。ルシファーが固まる。


「ぷはっ、苦し……」


 自分からキスを仕掛けたリリスは、口の中でもごもごと何か呟くと眠ってしまった。両手を両脇に突いて堪えたルシファーが呻く。危うく襲うところだった。壁ドンならぬ床ドン状態から、のろのろと身を起こす。


「二度と飲ませない。法案でも作って、リリスに飲ませることを全面禁止にしよう」


 ぐったりと疲れた頭で弾き出した解決方法は、これのみ。わずか数ヶ月後に、新しい法律が出来ることになるが……珍しく大公の誰も即断し、周囲も反対しなかった。


 テント内の騒動を知らぬドワーフ達は、黙々と木を倒していく。魔の森は事前に許可を出したからか、魔力が足りていたのか。倒れた木々を回復させるための魔力吸収を行わず、半日ほどで建設予定地と資材の確保が終わった。


「城に戻る」


 やけに口数の少ない魔王は魔王妃となる少女を抱いて消えた。後ろ姿を見送ったドワーフ達は、声に出さず手のサインで会話をした後、再び宴会を始める。魔王と魔王妃が結ばれたに違いない、その勘違いが訂正されるのは数日後だった。

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