1283. 魔の森に向かって叫ぶ

 魔の森に対し「この辺を伐採してもいいか」お伺いを立てる仕事だ。前回のように魔の森に直接尋ねるのかと思ったら、アラクネ達の森の向こう側で木に向かって叫ぶ仕事だった。思ってたのとかなり違う。


「これでいいのか?」


「反論がなければ平気よ」


 森の反論、人族なら一笑に伏す案件だが……魔の森に限っては対象外だった。伐るぞと予告して振るった魔法を弾くことは、考えられる。気に入らなければ、攻撃して木々を倒した者を拘束し、復活に必要な魔力を抜き取るくらいの行動は起こす。魔の森は生きているのだから。


「これは反論がないのか?」


 静まりかえって葉を揺らす森を見回しながら首を傾げるルシファーへ、リリスは笑いながら「どうぞ、ですって」と通訳した。どうやら許可が出たらしい。きちんと礼を言って、転移で城に戻った。すでにルキフェルが職人を連れて戻っている。


「ルキフェル、ドワーフの予定はどうだった?」


「すぐに取り掛かるってさ。ドワーフは今のところ子ども増えてないからね。それと、僕はこの現象の調査に取り掛かるから」


「ああ、任せる。出来たら転移魔法陣の設置も同時に進めてほしい」


 調査で各地を回るなら、開発したばかりの魔王城との往復に限定した魔法陣を、設定してきて貰えば助かる。ルキフェルなら魔法陣の専門家だし、何より魔力量が多いから量産が可能だった。


「うーん、考えとく」


「必要ならベールもつけるぞ」


「請け負うよ」


 魔力不足の心配をしたらしいが、神獣や幻獣の長であるベールなら魔力の譲渡も慣れている。ルキフェルはにやりと笑って、道具片手に丘を登ってくるドワーフに声をかけた。


「場所が決まったから、測量と伐採に入ってよ。あとはルシファーから聞いて」


 丸投げして、自らも準備をするために研究室へ向かう。人集めに向かったベールが戻るまで、時間を有効に使うつもりらしい。ベールは保育士を探しに行ったが、ドライアドのミュルミュールが協力するはずだ。ユニコーンやペガサスが手を貸せば、かなりの数が確保できる。


 夜間も子どもを預かれるよう、アスタロトが夜行性種族を中心に集める予定だ。ドワーフに地図で場所を示し、伐採可能な地域を指定した。だが魔の森の魔力吸収があると危険なので、手伝いとしてルシファーも同行する。


 大公女達は役目を得て外出していた。イポスとヤンがそれぞれの護衛に付いたので、リリスは安全のためルシファーと行動を共にする予定だ。魔王の近くが一番安全との認識は、大公も大公女も共通の認識だった。


 人族がいないため、勇者が攻めてくる懸念はない。保育園を襲撃され、子ども達が連れ去られる心配もなかった。こうして考えると、異世界から来た人族は異物だった。それも悪質な腫瘍のようだ。体に不要な物質を固めた結果が人族の集落だとしたら、魔の森の決断に影響を与えた自分が情けなくなる。ルシファーはひとつ大きな息を吐いて気持ちを切り替えた。


 転移でドワーフに場所を示した途端、目を輝かせた彼らは設計図を起こし始めた。意見交換は怒鳴り合いに殴り合いが混じったケンカ状態で、最後はよく分からない決着を見せる。手を叩いた親方の号令で、全員並んで魔の森に一礼した。安全祈願だと言いながら、担いできた酒を飲み始める。


「ま、魔王様もどうぞ……姫様は? あ、飲ませてはいけない。なるほど……」


 親方に勧められて酒を一口、着工前の儀式だと言われて受け取った。リリスには渡さないよう言ったはずなのに、別のドワーフから受け取った酒をぐいと一気飲みする姿に、慌てて取り上げるも……コップの中は空だった。

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