1285. 膨らみ続ける合同結婚式の予定

 鬼の形相のアスタロトに必死で弁明する。リリスを襲ったという噂はドワーフ達だろう。心当たりがあるので丁寧に説明して、キスで留めたところまで白状させられた。ぐったりしながら魔王ルシファーは、「リリス飲酒規制条例」の書類を仕上げた。


 受け取ったアスタロトが署名し、説教に参加したベールも頷いてサインした。お茶の時間だと浮かれて顔を出したルキフェルも、苦笑いしながらペンで名を書き込む。この時点で書類は効力を発する。すぐに法を公布するよう命じて、リリスを膝に乗せた。


 アルコールはベールが分離してくれたが、そろそろ分離恐怖症も克服しないと不便だ。唸りながら思案するルシファーへ、プリンを掬った匙が出された。


「あーん」


「ん……美味しい」


 リリスお手製のプリンを頬張り、幸せそうに笑う。その姿にアスタロトが恐ろしい言葉を放った。


「噂にならなければいいのですよ。城内の私室でコトに及べば口止めも簡単ですし」


 既成事実は問題ではない。18人も嫁を取った人の発言は凄い。バレなければ手を付けても構わないと容認発言をされたが、ルシファーは首を横に振った。


「ここまで我慢したんだ。こうなったら絶対に結婚式が終わるまで我慢する!」


「そういうの、フラグって言うんだって」


 アベルに聞いた。最近仲のいい日本人の名を出しながら、ルキフェルが焼き菓子に手を伸ばす。すでにプリンは平らげ、ベールのプリンも半分食べ終えた。頬張った焼き菓子に目を細めながら、次の菓子を物色している。


「フラグは知ってるわ、トリイ先生の小説にあったもの!」


 日本人が持ち込んだ知識は、役立つものが多い。異世界人である人族は問題ばかり起こしたが、日本人は好意的に受け入れられていた。というのも、小説という娯楽をイザヤが、新しい考え方や言葉をアベルが、効率的な書類処理はアンナが提案したものだ。どれも歓迎されている。


「イザヤとアンナの結婚式って、私呼ばれてないわ」


「行ってないんじゃないか?」


 驚いた顔をしたリリスが一転、興奮した様子で彼女らの結婚式を行おうと言い出す。当事者の意見を聞いてからにしなさいと言い聞かせ、大公女達の合同結婚式と同時でもいいかと考えた。合同結婚式のアイディアは魔族に広まり、あちこちで検討されているらしい。


 問題は複数の結婚式を同時に行うことで、衣装の手配が間に合うかどうか。楽しみに準備して間に合わない事態となれば、悲しませてしまう。その辺の手配を確認すると、意外な反応が返ってきた。


「大公女達の衣装の手配は終わっています。それぞれの領地で親族と行う披露宴用の準備に入っていますよ」


「そう……なのか?」


 女性の身支度同様、花嫁の結婚式衣装は数年かかると思ったのだが。アラクネ達が量産した白い絹が人気らしい。恋愛小説の中で純白の衣装で嫁に行くシーンがあり、それに憧れた女性が白い絹を希望したのだ。


 織りが複雑でも問題ないアラクネも、染めは専門外だ。そのため色が複雑な衣装は外注していた。その分が省けるため、大量生産でフル稼働だった。後で何か差し入れでもしよう。たしか甘い果物が好物だったな。


「合同結婚式の予定表はまだ上がってこないのか?」


「急がせましょう」


 にっこり笑ったアスタロトに、見落としたかと焦るルシファーは胸を撫で下ろす。予定表が届いたところで詳細を詰めることとなった。お茶会はお開きとなり、リリスはアデーレに連れられてマナー教室へ。ルシファーは昔の半分以下に減った書類を処理しながら、窓の外へ視線を向けた。


 久しぶりに雨が降りそうだな。ここ数日晴れが続いたので、森の木々が期待するように葉を揺らす。しばらくすると、音もなく柔らかな雨が降り始めた。

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