801. 勇者は魔王に助けを求めた

 駆け続けるアベルは、息も絶え絶えだった。なぜ魔族の体力は無尽蔵なのだろう。人族分類の自分では、到底勝ち目がない。魔法で逃げようにも、魔法陣の扱いや魔力量で負けるアベルに選べる手はなかった。


「くそ……っ、いや……チャ、ンスか?」


 肩で息をしながら振り返る先に、数十人の女性がいた。鬼気迫る勢いで追いかけてくるので怖いが、もしかして足を止めて受け入れたら優しいんじゃないか? ハーレム状態じゃん! そんなことを考えた時期もありました……。


「ぐはっ、加減を、ちょ……変なとこ、触んない、でっ。ああっ、やめっ」


 興奮したお嬢様方にたかられ、両手足を四方に引っ張られ「本当のお母さんなら離してくれる」と現実逃避が入るくらいには、散々な目に合った。これでも異世界から呼ばれた勇者だぞ! なんで魔族のお嬢様方が痴女になって、全身触りまくられてるんだ? そこはやめて、離して!!


「ひっ。いやだぁ!!」


「アベルか、どうした?」


 叫んだ勇者アベルを、通りがかりの魔王様が回収する。アスタロトから、城下町までですと許可を得たルシファーは機嫌のいいリリスを連れて、後ろに少女4人を連れていた。


 星降祭りは実行されることになった。というのも、一部の貴族が「娘が行き遅れたらどうしてくれる」と噛みついたのだ。それに加え、お嬢様方からも「希望の殿方を落としたい」と砦を攻める勢いで懇願があったらしい。うっかり中止して暴動が起きても怖いのが本音だ。


 規模は縮小するが実行すると通達が出たのは、僅か数時間前だった。すぐに着替えたリリスは、ラベンダー色のスカートが膨らんだワンピース。薄いオレンジのストールに、花柄の刺繍が施されている。


 彼女の服装を確認するなり、4人の少女達は着替えを選び始めた。主人であるリリスより目立たず、沈んで行方不明にならない色を選ばなくてはならない。もちろん、色が被るのは最悪だった。


 淡いピンクのスカートと白いシャツを選んだルーシア、黄緑のパンツスーツがレライエ、ルーサルカは水色のミニスカートと紺色のブラウスにした。シトリーは最後まで悩み、無難なブラウンのワンピースを選ぶ。


 既婚者や婚約者、恋人がいる女性は胸元に花飾りをつける。生花だったり宝石だったりするが、花デザインの首飾りやブローチは「相手は不要よ」という意思表示だった。


 リリスは花咲く首飾りをつけ、ワンピースの胸元に蝶々のブローチを添えた。まるで花飾りに蝶々が誘われたような風景を作ったのは、アデーレである。満足そうな彼女の次のターゲットは、ルーシアだった。蝶々と花にデザインを絞った侍女長により、長い髪の耳元に蝶々の髪飾りをつけられた。胸に大きな生花を飾る。


 レライエは胸に翡翠竜という婚約者を抱っこすることもあり、生花をレイにして連ねて掛ける。幸せアピールの花に、アムドゥスキアスはお礼にと鱗を剥がして渡していた。全身に通貨となる宝石をまとう婚約者の行為に、レライエは額を押さえて叱る。


「痛いんだから抜くな! 剥ぐな! これ以上ハゲたらお仕置きするからな」


 心配が滲んだ叱咤に、アムドゥスキアスは真っ赤になり「お仕置き」とうっとりしたため、その部分は「婚約解消」に置き換えられた。今後は勝手に鱗を剥がないと約束した翡翠竜である。


 ルーサルカとシトリーは婚約者も恋人もいないため、そのまま蝶々のブローチだけで参加した。護衛のイポスは初めての花飾りに浮かれている。そんな平和な魔王様と魔王妃御一行様に助けられたアベルは、失礼を承知でルシファーを盾にした。


「助けてください、犯される!!」


「「「え?」」」


 未婚魔族女性VS魔王様御一行&勇者――睨み合いが始まった。

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