377. 冬眠ではないと否定された
「やはり、オレが魔力の供給を……」
「ダメだと言ったでしょう。諦めてください」
アスタロトにぴしゃりと断られ、ルシファーは眼下に広がる枯れ木を見渡す。かつてリリスが壊して再建された塔から見る景色は、荒涼としていた。石造りの白銀に輝く塔は、異国風建築と称してドワーフに5重の塔にされたあと「やり直し」の一言で、3年前に完成したばかりだ。
手すりに右手を添えたルシファーが溜め息を吐く。秋から冬へ移る季節の変わり目ならば、多少の落葉や紅葉はあっただろう。しかしここまで枯れた風景は冬でも見たことがなかった。
「後悔しておられますか?」
「まったくしていないから、そんな自分に呆れている」
リリスを助けるために魔の森の魔力を、強制的に魔法陣で吸収した。それゆえの現状だが、どんな酷い有様や惨状を見ても、後悔する気持ちは欠片もない。リリスを喪うくらいなら世界を道連れにすると決めた覚悟は、今も揺るがなかった。
「それならば構いません」
アスタロトの意外な言葉に、思わず振り返った。揺れた髪を掴むリリスが大きな目でルシファーを見上げる。涎に濡れた手でぺたぺた触る赤子をあやしながら、側近に疑問を向けた。
「珍しいな、お前なら叱ると思ったぞ」
「あなたが満足しているなら、魔の森が枯れて魔族が滅びようと私は気にしませんよ」
「……まあ、魔族は自分本位な奴ばかりだが」
ここまできっぱり基準を公言する者も珍しい。魔王が暴走したら諫めるのが、側近としてのアスタロトの公的な立場だった。暴走を認めたうえで、満足しているならいいと言われれば、正直驚く。普段厳しい表情を見せる男の口から出た言葉なら、なおさらに。
「う、だう」
抱き着いたリリスが仰け反って暴れる。どうやら眠くなったらしい。ぐずる赤子をあやしながら、殺風景な魔の森に眉をひそめた。
まもなく冬がくる。
「寒くないか? リリス」
冷たい風が吹きつける塔の窓から、ルシファーは無造作に飛び降りた。翼を1対だけ広げ、ふわりと柔らかな曲線を描いて中庭に舞い降りる。後ろに従うアスタロトが、ばさりと羽を畳んだ。
「魔物の発生数が減ったらしいな」
「ええ。各種族の言い伝えにあったとおり、魔の森から魔物が発生する可能性が高まりましたね。魔の森が枯れた途端に、魔物に分類される生き物が極端に減りました。動物はほぼ変化がなかったそうです」
「今年の冬は、餓死者が出るんじゃないか?」
魔物を主食とする魔獣や魔族もいる。エルフのように農作物を育てる種族であっても、秋の森の恵みは冬の貴重な食料だった。森が枯れれば、当然森の恵みである木の実やキノコが採れない。肉食、草食を問わずに食料不足が想定された。
「どの種族も貴族や領主が必死にかき集めていますが、おそらく足りないでしょうね」
「お前のところは?」
生き血をもらう関係上、相手が栄養失調だと困るだろう。そんなニュアンスで尋ねると、アスタロトはにっこり笑った。
「ご安心ください。我が一族は、今年は深い眠りを前倒しすることにしました」
前倒しが出来るんだ。と感心しながら、執務室へと歩き出す。後ろに続くアスタロトを振り返り、余計な一言を口にした。
「それって、冬眠だよな」
「いいえ、
「冬に眠るのは……」
「ルシファー様も冬眠なさいますか?」
「悪かった。何でもない。深い眠りだったか」
あっさり謝罪してなかったことにする。それだけアスタロトの牙付きの笑顔が黒かった。リリスを置いて永眠させられそうで怖いし、ここは素直に引くのが賢い。だが本当に賢い者ならば、そもそも虎の尾を踏まないのだが、ルシファーは懲りなかった。
「全員寝ると、次回の眠りが同時に来たり……」
「しません。個体差がありますし、なにより
「……そうか」
口を開くたびに側近の声が冷たくなるので、もうこれ以上余計な質問はやめよう。前を向いたルシファーの髪を引っ張るリリスが、後ろを歩くアスタロトと目を合わせる。顔の半分近くある印象の、大きな目がぱちぱちと瞬きして、リリスは嬉しそうに笑った。
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