747. 絡まった糸をほぐす

 アスタロトの聞き取り調査と、精霊達の体調を確認したルキフェルの報告を合わせ、ルシファーは「やはり」と呟いた。魔力が枯渇した地域で保護された精霊は、一度魔力を満たせば平常に戻っていたのだ。その後も魔力が抜けたり、倒れるような不調はなかった。魔力豊富な他の地区の精霊に異常は見られない。


 届いた結果を覗き込むベルゼビュートが申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい、あたくしが騒いで混乱させてしまったわ」


「いえ、あの精霊達が消滅寸前だったのは事実です」


 珍しくベールが彼女を庇う発言をした。確かに大騒ぎしたベルゼビュートの勢いに押されて動いたが、事件が存在しなかった訳ではない。精霊達が生命の危機に晒されたのだから、魔の森の異常を報告した彼女の行動は正しかった。


「魔の森の木が害されると、周囲にいる魔族から回復に必要な魔力を回収する。それは変わらぬルールだったはずだ」


 魔の森と共に生きる魔族が、森の木々を害さない理由のひとつだった。火事で焼ければ、数日のうちに魔族から奪った魔力で木々が生茂おいしげる。切り倒せば、その木を育てる魔力が強制徴収されるのだ。


 世界普遍ふへんのルールだと思われた前提が大きく崩れたことで、流れ込む情報の見方が変わった。当たり前だったことが通用しない可能性も出てきてのだ。


 信じられるのは、誰かが直接目にした事実だけとなった。


「陛下、海沿いのみが被害に遭っておりませんかな?」


 魔法陣での避難に当たっていたモレクが、他の神龍族と交代して戻ってきた。森の中は薄暗くてわかりづらいが、すでに天高く陽は昇っている。城を出た時は夜明け直後で、空はほんのりと色づく程度だった。魔力量の多いモレクが休憩に入るほど、時間が流れていた。


「……確かに海に接した地域中心だが、ベルゼビュートの森は奥地だ」


 魔王城は大陸の中心より海寄りに建てられた。そのため、背後の広大な森にアスタロト領がある。隣にある大陸との境目までの距離は遠く、火山に付随したドラゴンの領域である温泉地やベルゼビュートの管理する精霊の森があった。


 今回の魔力が枯渇した森は、大陸の末端である人族の領地側から広がっている。魔王城を挟んだ反対側のベルゼビュートの領地で、影響が出た理由が説明できない。


 この世界の陸地は、2大陸と小さな島しか存在しない。島に関してはほとんどが、遠い海の向こうにある無人島だった。逆に大陸同士は近く、すぐ行き来できる距離にある。先端同士が触れ合う岬に立てば、隣の大陸が届きそうなほど近かった。


 魔の森は両方の大陸に存在し、魔族も行き来していた。ベールが居城とする霊亀がいる洞窟は、魔王城と別の大陸にある。ルキフェルが管理する魔王直轄領の大半も隣の大陸だった。魔の森が海を越えたのではなく、かつて1つだった大陸が割れたと表記するのが正しい。


 魔王に即位する前なので、魔王史には記載されなかったが、アスタロトとベール、ベルゼビュートの3人が大喧嘩したことがあった。仲介に入ったルシファーが勢い余って大地を割ってしまい、隙間に海水が流れ込んで2大陸になったのだ。


 事実を知る者は、いまや魔王と大公3人の当事者だけとなった。隠された黒歴史のひとつである。


「……陛下。あたくしの領地に、海水が混じる湖がありますわ」


 考え込んでいたベルゼビュートは、解れた髪を耳にかけてから、その指で地図の一点を指差した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る