166. リリスに嫌われたかも
「鳳凰には毒がある。確かに有名な話だが……いつ毒を混入……あっ」
「あのときですわ! 青い卵」
料理の手順を思い浮かべたルシファーとアデーレが顔を見合わせた。ひとつだけ青い殻の卵を割って中身を入れた。蒸す途中でヒナが孵った? 割って混ぜちゃったのに? まあ鳳凰側の事情はわからないが、とにかく温かい周辺状況に触発されて孵ったのだろう。
卵を攪拌したため、すべてのプリンに毒が万遍なく入っているはずだ。
「リリス嬢は無事なのですか?」
「吐かせたし、解毒魔法陣5つくらい連発したから平気だ」
リリスの安全を確認してほっとした顔のベールは、原因追求を始めた。中庭のベンチの上で、幼女を抱いた魔王と側近や侍女……珍しい光景ではない。
「青い卵を間違えて入れたとして、なぜ孵ったのでしょうか。それにその卵はどこから?」
入手先を探るベールに、アデーレが申し訳なさそうに眉尻をさげた。
「卵は私が食料貯蔵庫から持ち出したものですわ。リリス様が失敗すると思い、沢山持ってきました。その中のひとつだと思います」
「他にもまだ持っていますか?」
「はい。プリンを渡した後は掃除をしていましたし、そのままこちらに来ましたので……すべて」
収納空間から取り出された卵が、リリスが持ち歩いていた籠に並べられていく。20個ほど入れたところで溢れそうになり、アデーレが敷きマットを取り出して続きを並べた。最終的に43個あった卵は、すべて白い色をしている。
「こちらの卵は今朝納入されたばかりのものです」
「アスタロト、悪かったな。状態異常だと思わなくてさ」
怒られる前に謝っておく。眠ったリリスがいるため動けないルシファーへ、アスタロトは苦笑いして一礼した。
「それは仕方ありませんね。危険だと書き残す前に意識が途絶えました」
吸血種族系の彼が危険だったということは、同族のアデーレも同じような症状が出た可能性が高い。リリスの目の前で、お気に入りの侍女がダイイングメッセージ書き残す状況にならなくて、本当によかったとルシファーが大きな息を吐いた。
「毒殺未遂事件ですか?」
「いや、ただの事故。卵の
食べても平気な種族と駄目な種族が一緒に食べた結果なので、食中たりよりアレルギーが近いかもしれない。ルシファーは胸元で寝息を立てる娘の旋毛に接吻けながら、心の底から困っていた。
「あのさ……」
すごく言いづらそうに口を開くが、肩を落としながら溜め息を吐く。心なしか、顔色も青ざめていた。
「オレ、リリスに嫌われたかも」
「「「はあ?」」」
パパ大好きっ子のリリスが、ルシファーを嫌う? 誰も想像していなかった言葉に、ヤンも含めて場は騒然とした。
「何を言い出すのです?」
「それは何故ですか」
「ないよ、そんなの」
口々に告げられる言葉を遮って、ルシファーは哀しそうな顔で腕の中のリリスの髪をなでた。
「リリスがおやつ作ってくれたのに、取り上げて、無理やり押さえて、吐き出させたりしたし……最初にオレが食べれば良かったんだよな。そうしたら毒効かないし、きっと味に気付いただろうし、リリスを苦しませたり、泣かせなくて済んだはずだ。それにまだ美味しいって伝えてないし、初めてリリスがオレのために作ってくれたのに」
言い訳じみた後悔がループし始めた魔王の沈みっぷりに、アスタロトもベールも顔を見合わせて首を横に振った。これは面倒くさい方へ沈んだので、浮き上がるまでに時間がかかる。
「パパは毒効かないの?」
ぱちっと目を開けたリリスが大きな赤い目でルシファーを見上げる。治癒したため目元や頬の赤い色は引いていて、いつも通りの可愛い姿だった。ぎゅっと掴んだ髪はまだ離そうとしない。
「ああ、まったく効かない」
前に何度も毒を盛られたが、一緒に食事をした連中が全滅しても生きていたので……毒で死ぬ心配はなかった。多少腐ってようと菌が繁殖してようと、状態異常に掛かる心配もなさそうだ。嫌われるんじゃないかと不安が全面に出たルシファーは、ぼそぼそと答えた。
「リリスのプリンは毒なの?」
「毒がある卵が間違って入ってただけで、リリスが失敗したわけじゃないぞ。ベールやルキフェルは平気だったし、たまたま気分悪くなった人もいただけで」
たまたま気分が悪くなった人代表のアスタロトが口を挟んだ。
「うちの種族は鳳凰や神龍と相性が悪いのですよ」
通常の毒はほとんど効かないアスタロトだが、さすがに神獣系は相性が悪い。浄化魔法が使えないのと同じ理由だった。今回のプリンもエルフ辺りなら、腹痛で済んだ可能性が高かった。
鳳凰の毒に耐性がないのは、ヤン、アスタロト、アデーレのみ。情報が少なすぎて、リリスの毒耐性は不明だった。危険ならば食べさせなければいいし、間違えて食べたら今回みたいに吐かせる。
対処が分かっていれば、毒もさほど怖くはないが……今のルシファーが恐れているのは、リリスからの「大嫌い」だった。
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