165. 絶滅危惧種でした

 白と青が混じった羽毛に見える姿で、必死に餌の虫を頬張るヒナに視線が集まる。注目されても気にしないヒナは、時折ヤンの所在を確認しながら、近くで餌を啄ばんでいた。


 見た目は危険度のない小鳥にしか見えない。


「オレが知る鳳凰はオレンジがかった赤で……ヒナもオレンジだぞ」


「陛下、どうしたのですか!?」


 ようやく中庭に到着したベールが「部屋の配置が悪いですね」とぼやく。中庭からしか転移ができないのに、執務室から遠すぎるのだ。庭や城門の騒ぎが届かないよう配慮したことが裏目にでていた。


 ベールと手を繋いでいたルキフェルは目を見開く。可愛い妹リリスが、ルシファーの腕で寝ている。ここまでは普通だが、吐いて大泣きした様子が見て取れる状況や、周囲に人が集まった現状に不機嫌そうな表情になった。


「何があったの?」


 彼らの問いかけに、溜め息をついたルシファーが応じた。


「先に確認するが、お前らはプリンを食べたか?」


「ええ、美味しくいただきましたよ。少し舌先がぴりっとするのが独特でしたね」


 何か調味料を入れましたか? 首をかしげるベールの返答に、ルシファーが眉をひそめた。やはり毒物混入は間違いない。幻獣や神獣の一族に分類されるベールに毒は一切効かない。隣でむっとした顔で唇を尖らせるルキフェルも、竜族なので毒は自動的に無効化された。


 周囲を見回し、アスタロトがまだ駆けつけていないことに気付いた。先ほど寝ているように見えたが、もしかしたら……毒が?


「ルキフェル、アスタロトの様子を見てきてくれ。もしかしたら毒による状態異常の可能性がある」


「……わかった」


 仕方なくベールの手を離して走り出す。可愛いと数人のエルフが後を追いかけていったので、手は足りるだろう。


「まさかプリンに毒物が?!」


「まだはっきりしないが……可能性がある」


「鳳凰の毒ですぞ!」


 自らの嗅覚を信じるヤンが断言する。アデーレはタオルをぬらして、汚れたリリスの手足を拭き始めた。新しいタオルを用意して、顔も丁寧に拭いていく。吐いた後を綺麗にすると、むずがる幼女がルシファーの髪を両手で掴んで口元に引き寄せた。


 輪がなくても天使だが、涙の跡も拭き取られたリリスの頬や眦は、まだ赤く色づいて痛々しい。触れるだけのキスで治癒を施したルシファーは、リリスが食べかけたプリンを引き寄せた。


 リリスに吐かせる騒動の際に放り出されたプリンが、ふわふわと宙を漂って魔王の手に降りる。じっと見つめてから、アデーレに手を差し出した。砂にまみれた部分を避けて、中にさした銀のスプーンが少しずつ黒ずんでいく。


「……うわぁ」


 間違いなく毒の反応だ。顔をしかめたルシファーが、無造作にひと掬い口に放り込んだ。もぐもぐと口を動かして味を確かめる。普通のプリンより卵の味が濃い気がした。この辺は牛乳との分量の問題だろう。毒らしき感じがないまま、飲み込もうとした時、舌先がぴりっと刺激される。


「うん、何か入ってる」


 毒に強い耐性どころか、まったく効果がない魔王を知っているから、誰もが驚かずに判断を待った。その答えがやはり毒物混入を示したことで、周囲のドワーフやエルフが騒ぎ出す。


「「「魔王陛下を毒殺しようとした奴がいるってさ! 馬鹿だなあ……(効かないのに)」」」


 口々に交換される内容は多少の違いはあれ、基本的に同じ内容だった。呆れ顔の魔族達はそれぞれ仕事に戻っていく。真剣な顔をしているのはルシファーとベール、アデーレだった。


「ヤン、先ほど鳳凰だと断言したな。根拠はあるか?」


「子供の頃に食べた毒と同じ臭いですぞ。我がフェンリルでなければ死んでおりました」


 神獣に分類される灰色魔狼フェンリルが言い切った。足元でピヨピヨ鳴きながら虫を美味しそうに食べるヒナを見下ろす。危険な感じはないが、そもそも青い鳳凰など聞いた事がなかった。


「変異種、ですかね」


 ひょいっとベールが持ち上げて裏返し、ヒナの性別を確認する。


「メスです」


「鳳凰のおうならば、保護対象だぞ」


 かつて鳳凰はその強い魔力がこもった尾羽根や毒でぴりっとした肉が人気となり、乱獲された時期があった。彼らは習性で番の片方を失うと、残された片方は涙を残して死んでしまう。その涙が貴重な宝石ということもあり、かなり生息数が少ない種族だった。


「青い鳳凰は、たしか『鸞鳥らんちょう』って呼ぶのよ。長老に聞いたことあるわ」


 ハイエルフの少女が声をあげる。彼女はオレリアの従姉妹だったか。見覚えある少女がもたらした情報に、ベールがひょいっと空中から図鑑を取り出した。風魔法でばさばさ捲って、目当てのページを読み始める。


「確かに、青い種類も確認されていましたね。絶滅したと思っていましたが……」


 図鑑を読むため解放されたヒナは、悪びれることなくピーピーと声をあげながら、ヤンの足元で再び餌を探し始めた。

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