164. 青い鳥は幸せより毒を運ぶ

「リリスっ、プリンをペッして」


「吐いてください、リリス様」


「やだ」


 理由を説明する暇はないので、ルシファーは怒られるのを承知でリリスを膝の上に乗せた。じたばた暴れるリリスを俯せにすると、待っていたアデーレが吐かせようと指を突っ込む。原始的な方法だが、一番確実だった。


 吐いた後に解毒すればいい。そう考えたルシファーの行動は、リリスには理解できなかった。美味しいお菓子を作ったのに、突然怒り出したパパにひっくり返され、アデーレまで意地悪する。


「うわぁああああっ、げほっ、けふぅ……うぎゃあ」


 大泣きする声に、中庭を手入れしていたエルフ達が遠巻きにしながらも集まっていた。ドワーフも動きを止めてしまい、ガーゴイル達は心配そうに見つめる。


「リリス様、吐いてください! お願いですから!!」


「わ、我が君……姫?」


 おろおろするヤンが籠を踏み潰す。直前に脱出していたヒナが「ピーピー」鳴きながら騒ぎに火を注いだ。騒がしい彼らの様子に、ベールとルキフェルが慌てて部屋を飛び出した。


 リリスの口からプリンの欠片が落ちると、すぐに解毒魔法陣を展開した。複雑な魔法陣が一度に3つも描かれて消える。しかし心配が消えないのか、さらに追加で魔法陣が2つ追加された。


 考えられるすべての毒や状態異常を解除する魔法陣を駆使したルシファーは、まだ顔を汚したままのリリスを抱き締めた。怒って大泣きしながらぽかぽか叩くリリスの拳が力強く、それがただ嬉しい。


 間に合った。


「パパの、ばかぁ!! うぁああああああ!!」


 曇った銀食器を拾ったアデーレが注意深く観察してから、首をかしげる。


「陛下、砒素ではありません」


 無味無臭の毒の代表格である砒素は、銀食器で見分けられてきた。人族の王侯貴族がこぞって銀食器を好むのは、毒殺を警戒してのことだ。知識として知っていても、自らはほとんど状態異常や毒が無効化されるルシファーにとって遠い話だった。


 だがリリスは違う。魔力が近くとも、大きな魔力量を誇ろうと人族と魔族のハーフと見做されるリリスに毒が効かない保証はなかった。そのうえ子供の身体は脆く、少量の毒物でも大人より症状が重篤になるのだ。


 思い出せてよかったと安堵しながら、断定したアデーレを振り返る。まだ泣いているリリスは落ち着きそうになく、そのまま抱いていた。


「我が君、動物性の毒のような……この臭いは覚えがありますぞ」


 アデーレの手にある銀のスプーンをくんくん嗅いだヤンが、その臭いを辿るように鼻をひくつかせる。すっと視線をさ迷わせ、足元をバタバタ羽ばたきながら鳴くヒナに目を落とした。


 ……同じ臭い。


「うああっ、いやあああ!」


 声が枯れそうな勢いで泣き叫ぶリリスを「よしよし」と撫でながら、ルシファーは溜め息をついた。毒物に詳しいのはアスタロトの一族だが、アデーレが特定できないなら珍しいものだろう。吐かせたのは正解だったと叩かれながら胸をなでおろした瞬間、泣きじゃくるリリスが大人しくなってきた。


 目元を何度も擦る仕草から、泣き疲れたのだろう。嘔吐も体力を奪うと聞く。とんとんと背を叩いてあやしながら、リリスが眠りに落ちるよう誘導した。


「間違いありません。鳳凰ほうおうの臭いです」


 言い切ったヤンは、足元で虫をつつきだした青っぽいヒナから目を離さない。なかなか餌をもらえないため、自ら捕食し始めたヒナは青系――だが臭いは鳳凰と同じだった。


「鳳凰?」


 視線を動かさないヤンの仕草から、ルシファーもアデーレもヒナを見つめる。集まっていたエルフやドワーフ、ガーゴイルまで小さな青いヒナに注目した。


「このヒナは鳳凰の子供です」

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