945. 圧倒的格差の戦い
ベルゼビュートが正気なら、自分を守る障壁を展開している。結界と同じで、簡単に攻撃を通過させたりしない。精霊を司る女王の名に相応しく柔軟に状況に対応する、害意を弾く障壁を操った。
「障壁が薄い」
にやりと笑うルキフェルは、その発動具合を確かめるために初手を物理攻撃にした。いきなり強烈な魔法陣を使って、消し飛んだら寝覚が悪いからね。子供の頃と同じ無邪気で残酷な笑顔で、前髪をかき上げた。
「3割もいらないかな」
全力を出す必要はない。侮る発言をしたルキフェルの背に、竜の羽が広がる。羽の上部に爪が現れ、ルキフェルが魔力を解放した。圧倒的な武力で敵を潰すのが、竜王の戦い方だ。にやりと笑う口元に、収まりきらない牙が覗く。獰猛な獣の一面を出しながら、ルキフェルは冷めていた。
呼び出されて対峙し、久しぶりに本気に近い戦いが出来ると思ったのに、こんな腑抜けたベルゼビュートを叩きのめしても自慢にならない。がっかりした分を、別の形で要求してもいいはずだ。ひとまず、両手足を折って地面に叩きつけてやろう。
八つ当たりを兼ねたルキフェルの攻撃が始まった。呼び出した魔法陣を周囲に配置しながら、それを作動させない。風を操り地を蹴って空に舞い上がった。飛び降りた先で放った蹴りを、辛うじてベルゼビュートが避ける。左に逃げた彼女を追い、空中に作った壁を蹴飛ばして方向転換する。着地する手間を省いた攻撃は早く、逃げ損ねたベルゼビュートの右手が捉えられた。
「……もうルキフェルの
周囲の魔法陣は無駄に存在しているわけじゃない。そう呟いたルシファーは、不思議そうなリリスへ指差して説明した。
「ほら、リリスなら魔力の流れが見えるだろう。あの魔法陣は風の補助を、向こうのは足場を作る支えになってる。魔法陣を周囲に配置し終えた時点で、ルキフェルが最も戦いやすい状況が整えられたんだ」
自分が最も戦いやすく、防御しやすく、同時に敵を逃さない包囲網だ。出来の悪い操り人形にされようが、ベルゼビュートは大公の1人だった。油断をして逃す失態を、ルキフェルが己に許すはずはない。完璧に布陣した領域で、動けなくして捕らえる気だった。
「よかった、それならベルゼ姉さんも大丈夫ね」
「ああ、大丈夫……っ! たぶん」
ルシファーの返事が途切れ、頼りなく締めくくられた。大爆発した衝撃で、結界の外の様子が見えない。ルキフェルの水色の髪と羽の爪がちらりと見えた。それからピンクの髪がちらり……。
さすがに殺さないはず。そう信じていても、目の前で森を破壊しながら戦う彼らの姿に、ルシファーの胸を心配が占める。止めようか、だが頼んだのはこちらだし。
ちらりと後ろを見ると、大公女達は真剣に戦いに見入っていた。みとり稽古とはいうが、今回は意味合いが違う。まだ若い彼女らにこんな殺伐とした、仲間同士の戦いを見せて平気か。葛藤するルシファーをよそに、ルーサルカがイポスに尋ねる。
「今、ベルゼビュート様が使った技、あとで教えてもらえませんか?」
「ああ、あの刺突か。いいぞ」
にっこり笑う人のいいお姉さんに見えるが、内容が刺突である。刺殺す稽古の約束はどうだろう。
「防ぐ時って、水魔法でいけそうね。その訓練に私も参加させてくださいませ」
ルーシアは防御方法を構築する気らしい。たくましくなった彼女らを褒めた方がいいのだろう。リリスを守る彼女らが弱いままでは困る。だが悪い影響を与え合う関係はもっと悩ましかった。溜め息をつく魔王の苦悩は、戦う部下そっちのけで深まる。
両手を首に回したリリスが、ぐいっとルシファーを引き寄せ、耳元でお強請りした。
「私も刺殺覚えたい」
「リリス……刺殺じゃなくて、刺突だ」
危険の芽は早く摘むに限る。
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