944. あれで手加減してるの?
「ふーん、いいよ。
くすくす笑うルキフェルが付け足した物騒な呟きに、聞こえたルシファーの顔が引きつった。
――
「出来るだけ森を壊すな」
「それは無理。あとで僕が修復するよ」
魔の森の中なら、木々を吹き飛ばそうが魔力を供給すれば戻る。大公の魔力なら即日元どおりだった。冬眠の準備に入る魔獣も出てくる時期なので、あまり森を荒らさなければ放置するか。諦めの溜め息を、水色の髪の青年は承諾ととった。
「ルシファーは下がって」
「わかった」
任せると伝える必要はない。背中に張り付いたリリスを腕に抱き上げ、お姫様抱っこで運ぶ。何が怖いのか、珍しくしがみ付いて震えていた。池からあの球体を拾った瞬間から、リリスは警告を発していたことを思い出す。
「リリスはあれが何か知ってるのか?」
「知らないけど、嫌な感じ」
本能的な嫌悪感で肌が粟立つ。しっかりと首に手を回して抱きつく少女を連れ、ルシファーがベルゼビュート達に背を向けた。大公女達は強張った表情ながら、手に武器や魔法陣を準備している。自分達なりに備えた結果だ。
「ひとまず下がるぞ」
「我が君、我は」
「下がるぞ」
最近の流行なのか? 二度命令しないと部下が動かないんだが? 首をかしげて下がれと示せば、しょげた様子のフェンリルが尻尾を巻き込んだ。とぼとぼと歩く姿は、威厳も風格もない。イポスは抜刀したまま、剣を持つ右手を背中に隠した。
主君の前で抜き身の剣を見せるのは、敵と対峙するときだけ。向き合うときに背に隠すのは礼儀だった。脅威が去っていないのに納刀はあり得ない。黙して従うイポスが、耳を垂らしたヤンをぽんと叩いて励ました。
森の木々が盾になる位置まで下がり、ルシファーが少し多めに結界を重ねた。その作業の間も、ルキフェルは己の維持する結界で観察を続けていた。技巧を凝らした剣による攻撃は、素人のように滅茶苦茶だ。普段のベルゼビュートから想像できない。
彼女は操られているが、その技量や魔力ごと奪われたわけではない。つまり体を乗っ取られた状態だった。本人が惑わされて敵と味方を間違えたような事態ではないから、本人が持つ能力を生かし切れない。どうせなら魅了で技術ごと取り込んでくれたら、遠慮なく首も落としてあげたのに。
物騒な考えに口元を緩めるルキフェルは、己の周囲に張った結界を解除した。ベルゼビュートが戦うときは、常にその身体能力を生かした攻撃が多い。技術もあるから剣技の種類も豊富だ。それが使えずに力押しなら、竜族のルキフェルに敵う武器はなかった。
聖剣グラシャラボラスが唸りを上げる。棒切れのように扱う主人に抵抗しているのだ。持ち主を選ぶ聖剣ならではの反逆だった。一瞬気を取られたベルゼビュートの顔に、ルキフェルの蹴りが入る。咄嗟に防ごうとした彼女の動きより速い。女性の顔でも遠慮なく蹴ったルキフェルが、空中で一回転して着地した。
膝をついたベルゼビュートの前歯が折れて落ちる。鼻血で赤くなった口元、自慢の巻毛は乱れていた。
「防御できてるから、次はもう少し強くいくね。一度その顔を殴ってみたかったんだ」
恐ろしい言葉の端に、同僚の強さを知るからこそ戦いたい彼の本音が滲む。手加減したのだと笑うルキフェルに、シトリーが身を震わせた。
「あれで手加減してるの?」
自分達が食らったら、間違いなく即死じゃない? そう告げるシトリーの横で、レライエが淡々と返した。
「手加減してなかったら、ベルゼビュート様の首が後ろに折れてるわ」
「そうそう。竜化すらしてないからね」
竜族のケンカを直接知る竜人族のレライエと、翡翠竜アムドゥスキアスは落ち着いていた。竜王の初手としては、軽いと思う。まだ手加減している。今後は分からないけど……互いに危険な予想に至り、オレンジの髪の少女と緑の竜は顔を見合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます