66. キレた側近は怖いので放置プレイ
魔力で隠している角もすべて解放したアスタロトが、冷めた声で名を喚ぶ。背の羽が大きく広げられた。
「ベール、ベルゼビュート、ルキフェル」
強制的な召還の意図を込めて呼んだ名に、それぞれが反応した。外へ出ていたベールは転移で現れ、窓から中庭へ飛び降りたルキフェルも転移する。領地にいたベルゼビュートが一番遅かったが、それでも数秒で現れた。
「陛下!」
「お怪我を?!」
「うそ……」
それぞれの反応を他所に、淡々とした感情を殺した声でアスタロトが人族を指差す。その冷たい真紅の瞳が細められた。整っているだけに酷薄そうな印象を与える。
「ベールは民を、ルキフェルはリリス嬢、ベルゼビュートは陛下の治療をお願いします。私は……このクズ共を処分します」
アスタロトの魔法陣に縛られて身動きできない人族4人を、彼はどこかへ転移させる。数百年ぶりに見るキレた側近の姿に、ルシファーを含め誰も反論できないまま見送ってしまった。
「陛下、何があったのですか?」
血を前にあたふたするベルゼビュートと国民を横目に、ベールは冷静に問いかける。だがその声は僅かに震えていた。怒りか不安か、どちらにしろ前向きな感情ではなさそうだ。
「勇者を自称する人族らが……オレではなく国民に魔法を向けた。風の刃だったので速くてな、結界が間に合わぬためオレが直接防いだ」
直接防いだという表現に、ベールが眉を寄せる。だがルキフェルは違う部分に気付いて声をあげた。
「無理やり、転移、しなかった?」
ルキフェルは魔力の流れを読むのに長けている。その能力だけを特筆するなら、魔王をも凌ぐといえた。だからこそ、地脈を歪めた痕跡を読み取ったのだろう。逆凪を簡単に受け止められなかった原因のひとつでもある。
「したぞ」
けろりと白状したルシファーに、ベールは頭を抱えた。状況的に国民を守った魔王の行いは褒められるものだが、地脈に逆らった上で逆凪を受けるなど命がいくつあっても足りない危険行為だ。
「悪かった。反射的に身体が動いた」
叱られるのは仕方ない。素直に謝ると、腕の中でリリスがもぞもぞ動いた。ずっと埋めていた可愛い顔がようやく覗く。
「リリスもごめん、パパが悪かった。怖かったよな」
頬や額、赤くなった瞼にキスをいくつか降らせると、尖っていた唇がようやく元に戻った。
「失礼いたしますわ、陛下」
治癒に長けたベルゼビュートの手が伸ばされ、穏やかな魔力が注がれる。地脈を乱した代償で混乱した魔力をゆっくり鎮めてから離された。じっと見つめていたリリスが、消えた傷に不安そうな顔を緩める。
「パパ、もう痛くない?」
「ああ、リリスがお呪いしてくれたから痛くないぞ」
整った魔力が自己治癒を高めたため、傷は残らず綺麗に消えた。残った血を綺麗に魔法で消して、ようやくいつも通りの頬ずりが出来る。擽ったいとリリスが笑い声を立てた。
彼女の明るい笑い声が、緊迫した状況を和らげる。
「国王陛下、ありがとうございました」
「おれらが邪魔になっちゃいけねえな」
傷ついた魔王を息を詰めて見守った国民達が申し訳なさそうに声をかける。いつものはしゃいだお祭り騒ぎが嘘のように、彼らは項垂れていた。
「お前ら、らしくないぞ。魔族にとって強さがすべてだ。オレが弱いと思ったら魔王の座を奪うくらいの気概を見せろ。次はもう助けないからな」
けろりと笑って言い放ったルシファーの言葉に、彼らの表情が明るくなる。
「当然だ! おれらだって守られてばかりじゃねえぞ」
返って来た威勢のいい声に、ルシファーは守りきった充足感を得て笑みを浮かべた。
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