67. 側近の本性がちらり
目の前で、手が届きそうな距離だったのに……陛下の身を危険に晒した。人族が魔力を高めたのに気付いたが、まさか罪のない民を狙うと思わなかったのだ。それはルシファー様も同じだったらしい。しかし先に彼らの意図に気付いたのは、ルシファー様だった。
城門の上は城の一部。中庭以外は転移の魔法を無効化する魔法陣が機能していた。地脈が支える強制力を膨大な魔力で打ち消し、一瞬にして
追いかけようとした私の目前で、赤い血が散る。無理やり引き出された魔力が純白の髪を舞い上げた。揮った魔力への反発として逆凪が起こり、陛下の御身を切り裂いたのだ。翼と頬に赤い筋が刻まれ、じわりと朱が滲む。頬の血が白い肌を流れる様は、喪失の恐怖を生み出した。
もしルシファー様が失われたら? 魔族の行く末など知らぬ。彼の人が滅ぶなら、魔族も人族もともに滅びればいいのだ。真っ赤に染まった視界が怒りを滲ませて歪んだ。
腕の中のリリス嬢を庇ったのだろう。右手はずたずたに切り裂かれている。痛々しい姿に、慌てて声をかけた。失敗したと自嘲する魔王の姿に、誰もが言葉を見つけられない。
脅威を排除しようと人族の足元に魔法陣を描いた。逃がさぬよう縛り付けて、ようやく息をつく。腕の中の幼子を気遣うルシファー様は普段どおり、何もお変わりはなかった。大した痛みではないと笑ってみせ、リリス嬢の可愛らしい
逆凪によりついた傷は、しばらく痛みを引きずる。見た目の傷を治すことは出来ても、その痛みはルシファー様の内面を抉るように疼くはずだ。しかしリリス嬢や民に隠そうとする努力を無にする気はないので、触れずに他の大公を呼んだ。
「ベールは民を、ルキフェルはリリス嬢、ベルゼビュートは陛下の治療をお願いします。私は……このクズ共を処分します」
他の大公が取り乱している隙に、獲物を攫って消える。きっと今の私は笑みを浮かべているだろう。本来の私はひどく残虐で、他者を苦しめることに長けていた。痛みを与え、嘆きをもたらし、死を願うまで苦しめる術を誰より知っている。
転移した先は、己の領地――ここならば、誰も邪魔は出来ない。口元が弧を描き、赤い瞳が酷薄さを増した。震える人族4人へ向かって、低く怒りに満ちた声が向けられる。
「さあ……
ルシファーは、右腕をそっと袖で隠す。気遣うようなベルゼビュートの視線に首を横に振った。逆凪が起きるのは、ほとんどが上位の魔力をもつ侯爵家以上の貴族だ。そのため庇われた民は知らない、わざわざ報せる必要も感じなかった。
心配そうなベルゼビュートは肩を落としている。領地に戻った間に起きた事件に、責任を感じているようだ。ルキフェルは子供らしくない態度で、腰に手を当てて唇を尖らせている。
「……アスタロトの奴、大丈夫かなぁ」
久しぶりにキレてたが、連中のやり方が気に入らないので助ける気はない。ルシファーの呟きに、リリスがこてりと首をかしげた。
「アシュタ、大変なの?」
「うーん。平気だと思うんだけど」
城へ戻りながら、右腕でリリスの髪をなでる。普段よりぎこちない動きになるが、動かせるだけマシだった。3千年ほど前に大きな逆凪を受け止めた際は、右手が1ヶ月ほど使えなかったのだ。今回は痺れと痛みを我慢すれば動かせるだけ、軽いと言えた。
ずっと無言だったベールが眉をひそめながら口を開いた。
「……まだ『私』だったので、問題なさそうですが」
アスタロトが本当に自分を失うほど怒ったなら、一人称が『俺』に変わる。普段より口調も荒くなり、乱暴に振舞うのだ。本来の彼は残酷で、人でも魔でも関係なく殺してしまう。自らのルールに従い、死を懇願させる方法を選び、笑いながら敵を引き裂く狂気タイプだった。
「好きにさせればいい」
心配なのは人族ではなく、アスタロト本人だ。彼は残忍な自らの本性を
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