949. 拗ねたのかしらね
「だって邪魔だったんだもの」
幼児がカード化した理由を尋ねられたベルゼビュートは、まず言い訳から入った。つまり何か余計なことを言ったか、したか。叱られる心当たりがあるのだろう。
無言で腕を組んで睨みつけるルシファーに、指先でくるくると毛先を巻くベルゼビュート。見つめ合う彼と彼女の間で、リリスがふくれっ面になった。
「もう! ベルゼ姉さんと見つめ合うなんて酷い」
よくわからない癇癪を起こすリリスに「ごめんな」と表情を和らげるルシファーは、あわてて彼女の機嫌を取り始めた。ただの悋気かと周囲が放置するなか、頬と額へのキスで許してもらったルシファーは視線の位置を変更する。しかし上ではなく下へ動かしたため、今度は胸元を凝視してしまい居心地が悪い。
視線の位置に困ったルシファーは、最終的にベルゼビュートの巻き毛を見つめることで決着した。腕にしがみついて牽制するリリスの必死さに、周囲は微笑ましさを覚えて穏やかに見守る。
「リリス様も立派に女性ね」
「嫉妬で魔王を尻に敷くなんて、他の方にはできませんわ」
一応魔族最高位が魔王なので、他の方に簡単に同じことが出来たら困るわけだが……大公女達の感想にツッコミを入れながら、ルキフェルが肩を竦める。以前のリリスは幼い感情でルシファーを自分に引き付けようとしたが、ここ数年は明らかに女性として見て欲しいと願っていた。
リリスを嫁にすると宣言したルシファーだが、リリスの振る舞いが幼いため庇護対象としての意識が強い。可愛がるし愛しているが、即座に欲望対象にならないのだ。長く一緒にいすぎた弊害と呼べるかも知れないが、これは当事者が何とかする問題だった。
魔王の魔王が反応するんだから、問題ないだろ。投げやりにそう考えるルキフェルの前で、ベルゼビュートはもじもじと毛先を弄った。いい年して何を子供みたいな真似してるの。ルキフェルの視線に呆れが混じる。
「ちゃんと連れて歩いてたのよ。でもあの子歩くの遅いし、脇に抱えて移動することにしたわ。そしたら泣き出して……邪魔なのかって駄々こねるんだもの。思わず「そうよ」って返しちゃったら、こうなったから」
なくさない様に胸の谷間に差し込んだらしい。身体にぴったりのドレスを好むベルゼビュートに、ポケットやバッグにしまう観念はなかった。ある意味、この状態のレラジェを収納空間に入れて、息の根を止めなかったことを褒めるべきだろう。
考える前に行動するベルゼビュートなら、悪気なく殺した可能性も否定できないのだから。理由を聞くにつれ、大公女達の表情が引きつった。イポスは澄ました顔をしてるが、僅かに視線を斜め下に逸らす。一気に信頼を失った瞬間だった。
ヤンは「赤子は面倒ですからな」と訳知り顔で頷く。自分の子はもちろん、隠居すると決めたらリリスの子守を任され、ピヨまで育てる羽目になった。彼はある意味、面倒な育児に関して経験豊富なのだ。
「……どうやったら戻る?」
「話しかけたら返事するかも知れないわ」
ルシファーが手の中でカードを眺めながら呟き、リリスは腕にしがみついて答える。互いに真剣なのだが、いちゃつく恋人同士に見えるのは仕方ない。両思いのカップルなのだから。
「話しかけるのは何度もやったの。謝ったし宥めすかしたわ。ちょっとだけ魔力も流してみたけど、反応がなくてお手上げね」
「ふーん。拗ねたのかしら」
納得していない様子のリリスが、空を指さした。嫌な予感がして、周囲が青ざめる。
「どかんしたら目が覚めるかも!」
「待て、リリス。それは……」
危険だと止めるより早く、リリスの雷がルシファーごとカードを貫いた。
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