286. 一番頑張ったのはヤンでした

「リリス、ヘルハウンドは飼えないんだ」


「どうして?」


 いつの間にか歯抜けの可愛い語尾が消えている。残念に思いながら、ルシファーは必死に説得を試みた。ここで折れたら、アスタロトとベールが怖い。にっこり笑って懐柔を開始した。


「この城は沢山の魔族が住んでいるだろう? ヤンも大きいし、ピヨもこれから大きくなる。最近は鳳凰も増えたから……ほら、お部屋が足りないんだ」


「平気よ。小さいおじちゃんが作ってくれるもん」


 ドワーフのことか? 作ってくれる、だろうが……それは根本的な解決にならない。様々な魔族を拾ってきたルシファーだが、ここ数年は異常な数だった。リリスと出会ってから、ヤンが転がり込み、ピヨ、ルーサルカ、イポス、鳳凰と増え続けている。


 そろそろ打ち止めにしないと、アスタロトに殺されるかも知れない。思わず背筋が寒くなって振り向けば、いい笑顔のアスタロトがいた。


「えっと……でもヘルハウンドは魔物だから、意思の疎通ができないし」


「リリス、犬が欲しい」


「……ヤンで我慢できない?」


 後ろから黒い影がかかり、唸る低い声で抗議された。


「我が君、我は犬ではありませぬ!!」


「わかってる。言葉のアヤだ」


 きりっと返したルシファーの袖を引っ張り、リリスがちょこんと首を倒した。それからじっと上目遣いで見つめてくる。誰だ、こんな可愛い入れ知恵したのは!?


「だめ?」


「う、うーん」


「陛下!」


「えっと……」


「拾った場所に捨てていらっしゃい」


 アスタロトに止めを差されて視線をやれば、ぺったり伏せたままのヘルハウンドが縋るような目を向けてくる。一度拾った手前、また捨てに行くのは気が咎めた。しかも今みれば、双頭の黒犬はそれなりに愛嬌があり可愛い。ちょっと牙が出てたり、唸ると物騒な顔をしているが。


「番犬として城門に置くとか」


「陛下、最近拾いすぎです。ヘルハウンドなんて城門に置いたら、客人まで焼き払ってしまうでしょう」


 正論過ぎて反論できない。ぐうの音も出ない魔王の引きつった顔を見ていたヤンが、大きな尻尾を振りながらヘルハウンドに近づき、哀れなほどに震えるヘルハウンドに唸る。


「ヤン、いじめちゃダメよ」


 大人の口調を真似たリリスが駆け寄って、ヤンの尻尾を引っ張る。困惑した顔で振り返ったヤンがぼやいた。


「姫、我は苛めたのではなく話をしております」


「おはなし?」


 再びヘルハウンドと向かい合い、唸ったり吠えたりした結果、どうやら会話は成り立ったらしい。その姿を見たルシファーが「やっぱりヤンも犬科だ」と思ったのは、内緒である。


 城門前のカマキリとクモは、魔熊や魔狼など様々な魔族に分割して渡されることに決まった。てきぱき指示を出すベールが振り返ると、小山サイズの牛はアスタロト指揮のもと解体中だった。手際よく切り分けるイフリートは、自慢の包丁捌きで牛をバラして、内臓や皮と肉を分類していく。


「肉は2/3を調理場に収納、残りはヤンを含めた他の種族へ分け与えます。皮は加工しましょうか。衛兵のコート用にぴったりです。内臓は好む種族に渡して結構ですよ。たまにはベルゼビュートも役に立ちますね」


 辛辣な評価をしながら、アスタロトは牛の処分を終えた。振り返った先で、ヤンがお座りしている。その隣に立つルシファーと、手を繋いだリリス。そして彼らの後ろで伏せているヘルバウンドがいた。


 嫌な予感がします。


 顔をしかめたアスタロトは援軍としてベールを呼び寄せる。側近2人と、魔王&姫&護衛達の舌戦が繰り広げられようとしていた。


「陛下、その犬の処分は決まりましたか?」


「決まった。リリスのペットにする」


「ペット……飼う、と?」(何を言ってやがるんですかね。このアホは)


 内側の声が漏れてきて、ルシファーはリリスと繋いだ手に力を籠める。握り返したリリスがじっと大きな瞳で、頼りになるパパを見上げた。がんばれ!パパ!!


「飼う、これは決定事項だ」(リリスの望みだ、負けない)


 リリスに励まされ言い切ると、ベールが一歩前に出た。後ろに下がりかけて、ヘルハウンドがいるので耐える。必死の攻防に終止符を打ったのは、予想外の援軍だった。


「大公様、我が面倒を見ますゆえ、認めてやっていただけませぬか。ヘルハウンドは魔物ですが、彼らは言葉が通じます」


 意思の疎通が出来る魔物だから、魔族として一代限り認めて欲しいと懇願する。折れたのはアスタロトだった。大きく溜め息をついて、念押しする。


「ヤンが責任を負うのですね? 世話も任せますよ。我らは関知しませんが、それでいいですね?」


 きっちり責任の所在を口に出して確認したアスタロトへ、ヤンが大きく頷いた。それから平伏してアスタロトとベールに従う姿勢を示す。仮にも獣の王であった灰色魔狼フェンリルの願いに、顔を見合わせた側近達は諦めの表情で許可を出した。

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