285. 獲物で混雑、城門前の乱

 城門前は大混雑だった。


 本来、城門前は罪人を転送しても大丈夫なよう衛兵に通達されている。しかし今回は、対応能力を超える量の転送があった。


 まず、最初が神龍族の女だ。これは罪人として鳳凰が尋問予定である。続いて前回比1.5倍の大きなコカトリス、見事に縛られたワイバーン、それからヘルハウンドだった。


 魔王陛下が子供達の教育を兼ねて狩りに出た話は通達があったので、狩りの獲物は理解できる。しかしヘルハウンドは生け捕りで転送されてきたので、うっかり近づいた衛兵のコボルトが1人食われる騒動があった。ヘルハウンドで終わりならよかったのだが、さらに転送は止まらなかった。


 書類の再提出を終えたベルゼビュートが憂さ晴らしで、リリス専属騎士となったイポスを連れて魔物退治に出かけたのだ。その途中で何があったのか、反逆者と札を貼ったダークエルフが2人送られてきた。さらに魔物として狩ったと思われる巨大なカマキリ、クモ、最後に小山程のサイズの牛が届く。


 この時点で、城門前は完全な人手不足だった。騒ぎを聞きつけたベールが様子を見に来たところに、ルシファー達が帰還する。


「うわっ、こりゃすごいな」


 混雑した城門前の惨状に眉をひそめる。ルシファーの呟きにルキフェルが「残りは誰の獲物?」と首をかしげた。


「陛下、これは狩りすぎでは?」


「いや、オレ達の獲物じゃないのが混じってるぞ。ワイバーン、コカトリス、ヘルハウンドまでだ」


「神龍族の女は、陛下がとらえたのですよね?」


「うん」


 ベールの質問にルキフェルが返事をする。少女達と手を繋いだリリスが声をあげた。


「あのね! ベルちゃん。リリスがから揚げ捕まえたの! ヤンのおやつはルカ達がみんなで捕まえた」


「……姫、から揚げではなくコカトリス、おやつではなくワイバーンと言いましょうね。すごい戦果ですね」


 褒められたと判断したリリスはにこにこしているが、大半は説教に近い。言葉遣いをいちいち直されたのだが、本人は聞き流していた。こういった部分まで陛下に似なくても……とベールが溜め息を吐く。


「ヤンは?」


「城門にいたみたいだ、ほら」


 ルシファーが示した城門の上から、大きな狼が飛び降りた。高さなどほとんど無視できる。本来の大きさに戻ったヤンにとって、小さな道端の障害物程度の感覚だった。


 身軽に飛び越えて近づくフェンリルの迫力に、ヘルハウンドが哀れなほど平伏した。どうやら魔物としての本能は生きているらしい。ルシファー達に攻撃した理由はわからないが、すっかり大人しくなった。


「我が君、姫様。無事のお帰りお喜び申し上げます」


 大きな尻尾を左右に振ると、後ろにいたコボルトがぶつかって倒れる。危険なのだが、本人は気にしていないし、コボルト達も器用に避けながら近づいてきた。


「このヘルハウンドはどうするんですか?」


 魔族の罪人は牢に入れるが、魔物の場合は処分される。なぜ持ち帰ったのか疑問を浮かべる衛兵に、リリスが元気よく暴露した。


「この黒い犬を飼うの!」


「……陛下……ちょっとこちらへ」


 怖い笑顔で手招きされ、ルシファーの腰が引ける。ゆらゆら手招く白い手が、幽霊のようだと現実逃避しながら、ルシファーは仕方なく数歩近づいた。


「アレを飼う、と聞こえましたが?」


「き、奇遇だな。オレもそう聞こえた」


 他人事のように同意してみせると、近づいたベールが眉尻をくいっとあげる。もう一度言ってごらんなさいと促す青い瞳に、「あ~」とか「う~」と情けなく言い訳を探してしまう。


「リリス嬢のお強請りをすべて叶えるのが、陛下の方針ですか?」


 ここで頷いたら、リリスと会えなくなる! 本能的に危険を察知したルシファーが、勢いよく首を横に振った。めまいがするほど勢いよく否定した主に満足した様子で、ベールがヘルハウンドを指さした。


「でしたら、処分してくださいね」


 この場でルシファーに断るという選択肢は表示されなかった。

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