1024. 大人げない大人
昨夜、魔王ルシファーのお陰で安全に帰路についたアベルだが、早朝に悪魔の襲撃を受けていた。自室のベッドに起き上がったところで、生理現象に溜め息をつく。気持ちを落ち着けようとしたアベルが顔を上げ、部屋にいたアスタロトの姿に目を見開いた。
「ひっ、い……いつから」
「お気になさらず。30分ほど前からです」
にっこり笑う。彼は笑っているのだが、嗤うという表現が似合う気がした。邪悪さと残酷さの黒が滲む微笑は、口角を持ち上げて作ったもの。目は爛々と輝いていた。
「お、お構いもしませんで」
奥ゆかしさが美徳の日本人として、最上級に丁寧な「お帰りください」を放ってみる。しかしアスタロトには通じなかった。意味が通じていても、無視されただろう。
「なぜ怯えるのですか?」
私は、あなたの義父になるのですよ? 付け加えられた表現に、さらに恐怖が大きく育つ。アベルはひとまずベッドの上に正座した。いつでも土下座に入れるよう、前部分を開けることも忘れない。準備を整え、気づけば朝の生理現象は収まっていた。それどころか、小さく縮こまっている。
「今日のデートですが、これを身につけてください」
渡されたのは小さな飾りだった。何につけるものか。ネクタイピンのようでもあり、ブローチと呼べる気もした。
「これは何でしょうか」
恭しく、失礼がないよう両手で受け取る。大好きな人生初の彼女ルーサルカの義父である以前に、彼は魔王に次ぐ実力者である大公閣下だ。うっかり不敬罪を問われたら、首と胴体が分かれてしまう。
受け取ったピンは、ガラスに似た透明の石が付いていた。袖に使えばカフスでもおかしくないが、それなら2つが対のはずだ。指先で確認すると、石部分は冷たかった。
「魔石付きのピンですが、服につけておきなさい。危険を感じたら、叩くなり魔力を注いで割れば、居場所がわかるよう設定しました」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
狩猟に行くと言ったので、緊急時の避難ボタンを用意してくれたのだ。ルーサルカも一緒なので、気遣って……あれ? そこで違和感を覚えた。
「あの、ルカにも持たせるのですか?」
「形状は違いますが、ネックレスにして持たせます」
やっぱり考えすぎだ。気のせいだった。単純に心配して持たせてくれるに違いない。俺も疑い深くなったもんだ。ほっと一安心したアベルだが……アスタロトの話は終わっていなかった。
「監視用の目も兼ていますので、我が義娘に不埒な手を伸ばしたら……命はありません」
「……は、はい」
安堵して緩んだ気持ちが、ひゅっと引き締まる。監視装置だった。気持ちはわからなくもないが、やはりまだ信用はない。戦いや別のことなら多少の信用はあるかもしれないが、娘のことになると盲目になるのか。
この辺は魔族の特性なのかも。魔王様も同じだし……遠い目になりながら、アベルは約束した。
「必要最低限の接触に留めます。ルカが嫌がることはしません」
きっちり誓いを立てたが、怖いので目は逸らしてしまった。それがいけなかったらしく、ぐいっと顎に手を触れて目を合わせられる。真っ赤な血色の瞳を見ながら、同じ言葉を誓わされた。
「いいでしょう。気をつけて、くれぐれも気をつけて行ってきなさい」
「はい……」
どうしてだろう、二度と戻らなくていいと聞こえた気がする。まるで何かが起きるフラグを大量に乱立された気分だった。それでも、楽しみにしているはずのルーサルカに「やめよう」と言えるはずもなく、アベルは青ざめた顔で待ち合わせ場所へ向かった。
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