1025. 待ち合わせに遅れそう

 デートなら可愛い服で、褒めてもらいたい。だが狩猟が目的なので、ひらひらした服は邪魔になる。鏡の前で悩む娘に、義母アデーレはブラウスを手渡した。僅かにピンクがかった生地で、胸元にフリルが大量に揺れる。


「これは邪魔じゃないかしら」


 以前に比べると砕けた口調になったルーサルカの濃茶の髪を撫でて、魔獣の革を使ったベストを差し出した。魔族が所有する毛皮や鞣し革は、死体から得たものだ。亡くなった家族を悼む形見であったり、食用に狩った魔獣や獣から剥いで利用するのが一般的だった。


 柔らかな手触りのベストは、内側に毛が生えている。魔獣の時とは裏返しに利用した形だった。着用者が温かく、外はすっきりしたデザインに仕上げられるので人気がある。


「私が若い頃のだけど、似合うわね。よかった」


 アデーレは慣れた手つきでベストのボタンを止め、ルーサルカに鏡を示した。ベストで押さえたことで、胸元のフリルは控え目になった。同時に内側に折り込まれたフリルが、胸を大きく見せてくれる。足りない部分を補う着こなしに、ルーサルカの目が輝いた。


「素敵、こうして着ればいいのね。さすが、お義母様!」


「ズボンは濃いめの色がいいわね。ほら、早くしないと遅れちゃうわ」


 ドレスのようなアクセサリーは不要だが、十分見栄える。義父アスタロトからもらったネックレスを、フリルの内側に押し込んだ。走る時に鎖を引っ掛けたら切れる。緊急時に魔力を流すなら、肌に触れている方が都合がいいだろう。


 手慣れたアデーレの手が、ルーサルカの髪を三つ編みにしてから、後ろでお団子に丸める。リボンを絡めて固定した後、魔法陣でさらに補強された。


「これでいいわ。行ってらっしゃい、楽しんでくるのよ」


 お弁当を手渡しながら、アデーレが微笑む。受け取ったルーサルカが収納へ道具と一緒にしまった。


「はい、行ってきます」


 実の母とこういったやりとりをした記憶がないため、毎回照れてしまうものの……ルーサルカは笑顔で外へ駆け出した。大公女の部屋は魔王城の3階にあるため、階段を駆け降りる。外へ飛び出すと、さらに加速した。


 待ち合わせ場所まで後少し。地面を蹴る足にも力が入る。お気に入りのブーツは足に馴染んで、柔らかくルーサルカを押した。


「お待たせ」


「ん、平気。俺も今きたから」


 お決まりの台詞を交換するのが、何だか擽ったい。互いの顔を見て笑ってしまった。それから手を伸ばしたアベルに、ルーサルカは素直に手を預けて繋ぐ。


「今日は何を捕まえる?」


「うーん、出会った獲物次第かな」


「大きなのが出たらどうするのよ」


「逃げるに決まってるだろ」


 笑い合う若い2人は小さな会話すら楽しい。足元の花を摘んだり、見つけた輝く小石を拾ったり、ピクニックに近い気軽さで魔の森を探索した。


 魔族にとって母なる森は、多少の危険があっても大切な場所だ。突然飛び出した角兎にびっくりして、アベルが尻餅をついた。手を繋いだルーサルカが引っ張られ、上に転ぶ。


「悪い、ケガしなかったか」


「リリス様の側近が、この程度でケガしてられないわ」


「それもそうだ。お姫様は今日は城にいるんだよな」


「陛下の執務を手伝ってると思うわ」


 共通の話題で盛り上がり、さらに森の奥へと足を進める。帰るときは転移魔法陣が使えるよう、魔石と一緒に魔法陣のシートも預かった。過保護な義父を思い出し、ついでに彼の言葉をアベルに教えた。


「ねえ、お義父様ったらおかしいのよ。危なくなったら転移魔法陣で逃げろ、でもアベルは置いてこいって」


「ええ?! そりゃひどいな」


 仲良く森の中へ消えていく2人を、ある人物がじっと見つめていた。それから腕に抱えた小動物が「くーん」と鼻を鳴らしたのを機に、彼も森へ足を踏み入れる。後を追う存在に気付かぬまま、アベルとルーサルカは北へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る