102. パパのお嫁さんになる

「どうした?」


「リリスのお友達のアリッサは、アリッサパパのお嫁さんになるんだって」


「それはいい」


「あとね、サリーもサリーパパと結婚するって言った」


「そうか」


 よくある子供の夢だ。父親のお嫁さんになる――無邪気に口にするのは、ませた女の子が多いと聞いた。リリスが求める答えはわからないが、ひたすら相槌を打つ。


「それでね~、リリスも……パパのお嫁さんになる!」


「………!?」


 言い切ったあと、驚きすぎて相槌を打たないルシファーの無言が気になったらしい。急に声を小さくして、不安そうに首をかしげる。


「だめ?」


「……いや、あの……。そうだ、な。パパもリリスをお嫁さんにする」


 動揺から立ち直りきれていないが、真っ白な思考の中から答えを搾り出す。


「じゃあ、リリスがこのくらい大きくなったら、結婚する?」


 立ち上がって精一杯手を伸ばして、大きさを表現する仕草が可愛い。微笑んで頷いてやれば、嬉しそうにリリスは頬を緩めた。


「ああ……大きくなってもパパを好きなら、結婚しよう」


 自分で言いながら、ちょっと哀しくなる。育児本には、女の子はませた発言をして父親を喜ばすが、一定の年齢になると父親を嫌って近づかなくなると書いてあった。きっとリリスも同じだろう。それでもルシファーの愛情は変わらないと誓えるが、もう結婚したいなんて言ってくれないかも知れない。


「絶対の約束、指きりする」


「いいぞ。指きりだ」


 もう一度指切りを歌いながら切る。この絶対の約束が本当になればいいのに……ロリコン疑惑を肯定するようなことを考えながら、ルシファーはリリスを抱き締めた。




「陛下、だりますよ」


 コンコンと無粋なノックと声かけに、ルシファーは慌ててリリスの顔色を確認する。いつもより頬が赤いが、のぼせていないようだ。ほっとしながらタオルをリリスに巻いた。ふかふかのタオルに包まったリリスは嬉しそうに風呂を飛び出す。


「待て! リリス、タオルじゃ……」


 嫁になる予定のリリスの裸だ。万が一にもアスタロトに披露したら、あいつの目を抉らなきゃならない!! よくわからない理論を振り翳して追いかける……真っ裸で。


 飛び出したルシファーは、両手を挙げてはしゃぐ、かろうじてタオルに護られたリリスを捕獲した。


「以前も申し上げましたが、なぜ裸なのですか」


 呆れ声の側近に背を向け、リリスにワンピースを被せた。子供用の簡易タイプなので、上からばさっと被せてタオルを引き抜けば終わりだ。本人が下着を引っ張り出してしゃがみこんだ。


 子供に羞恥心はない。ワンピース姿で座り込み、足をパンツに入れようとしたところでルシファーが気付いた。見える! そんなところで足首を持ち上げたら、大事なお嬢様が丸見えに!!


「アスタロト、後ろ向け! リリスはちょっと待って!」


「なぁに」


 状況を理解した有能な部下はすぐに廊下に繋がるドアを向き、リリスはきょとんと首をかしげる。そんな娘を立たせて、パンツをはかせてからめくれたスカートを直した。ついでにワンピースが再び捲れないよう、飾りベルト代わりにスカーフでウエストを締める。


「これでよし、可愛いぞ……オレのお姫様♪」


「リリス、おひめしゃま!」


 姫様という単語だと、『ひ』か『さ』のどちらかを噛んでしまう。苦手な発音が続くと必ず噛むリリスに頬ずりして、抱き上げた。手早く自らも着替え終え、ほっと一息つく。軽い風魔法で二人とも髪を乾かした。


「終わりましたか?」


「ああ。謁見の間に行こうか」


「…………待たせたのに偉そうですけど、そうですね」


 嫌味を忘れない有能さに、ちょっと視線をそらして誤魔化す。ルシファーだって多少は「悪いな」と思うが、素直に謝れない状況にするのはアスタロトなのだ。


「アシュタ! リリシュ、パパのお嫁さんになる!!」


 興奮しすぎて自分の名を噛んでいる。可愛さの蓄積メーターが限界を突破したルシファーは、鼻血をハンカチで押さえた。じと目のアスタロトをスルーして、腕の中で全身で訴える幼女に悶える。


「リリスが、このくらい大きくなったら、パパと結婚するの!」


 大きく両手で示すリリスの頭を、アスタロトがゆっくり撫でた。擽ったそうに笑う幼子を見た後、可哀相な奴を見る表情でルシファーへ向き直る。


「犯罪者、確定ですね」


「結婚する頃には大人だからいいんだよ!」

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