525. それぞれが欲しいもの
魔王城の前に落下した大亀の正体については、保留とされた。証拠物件をみんなで食べてしまったし、今後また落ちてこなければ、公式記録通り『正体不明の飛行物体による城門襲撃事件』で片づけることになる。
城下町の女性達からは「すっぽん落下が確認されたら手伝いに駆け付ける」旨の許可申請があった。断る理由もないし、後が怖いので決裁印を押して了承したルシファーは、処理済みの箱に申請書を積み上げる。
「まず最初の報告は、召喚者達の住む家が見つかりました。城下町ダークプレイスの城に近い場所に立つ家を2軒買い取る予定です」
「広さは?」
「母屋は客室含め6部屋、小さな離れというか物置がつきます。こちらをイザヤ殿とアンナ嬢が使い、少し離れた森に近い4部屋の別宅をアベル殿が使う予定です。彼らには内覧をさせ承諾を得ました」
「……同じ敷地に別宅があるのか?」
不思議な造りだと首をかしげるルシファーへ、アスタロトは感情の読めない静かな声で報告を続けた。
「家の持ち主は獣人系で、一夫多妻でした。正妻を母屋に、近くの別宅は2人目の妻や子を住まわせたようです」
なるほどと頷く。一夫多妻は獣人系に多い制度で、婚姻や継承問題は魔王も首を突っ込まないことにしていた。他種族を巻き込む騒動にならない限り、種族間の問題は自分達で片づけるのがマナーでありルールなのだ。
求める条件に合致する家は少ないため、早く手を打つよう指示を出した。3人一緒に暮らすつもりはないが、あまり離れて暮らすのも心もとないだろう。他の親族や同族がいない世界なのだから、何かあれば駆け付けられる距離は理想的だった。
「では次の報告です。ガギエル達に確認したところ、半数以上が泳げないそうです」
報告書片手にアスタロトが淡々と読み上げる。鱗があるから泳げるという考え方は、偏見に近くなってきた。リザードマンもガギエルも泳げないため、地上で暮らす有鱗種族の過半数は泳げないと置き換えられるのだ。
「確認して正解だったな」
うっかり洪水多発地帯に領土を用意したら、彼らが全滅する可能性があった。魔法陣で守る手もあるが、魔力を供給する必要がある以上、永久的に効果を発するわけではない。考えながら前かがみに椅子に腰かけるルシファーの肩から、白い小さな手が見えていた。
背中にしがみ付いているのだ。椅子の背もたれとの狭い空間が、なぜか今朝からお気に入りで出てこない。ルシファーが立ち上がると嫌がるので、ほとんど椅子から動けずにいた。
「リリス嬢は何をなさっているのですか?」
「よくわからないのだが、背を取る者は勝者とか騒いでしがみ付いている」
遊んでいる最中に騎士の誰かが叫んだ言葉を聞き齧ったのだろう。しばらくすれば飽きるはずだと、ルシファーは次の書類へ署名押印して積み上げた。早くしないとリリスと散歩する時間が減ってしまう。
「確かによくわかりませんが、報告を続けます。誰も来ない森の奥は嫌だが、いきなり人里は恐いとの意見がありましたので、人里から少し離れた放棄された廃村を考えています。食料は基本的に人族とそんなに変わりませんね。能力的にも非力ですが、雷は使えるため狩りは出来るでしょう。代表者は女性で、名はライラ嬢です」
「ふむ……」
いままでの世界で悪魔呼ばわりされて隔離されたり、拒絶された経験があれば人里は嫌だろう。しかしいずれは克服して人と交流したいと願うなら、廃村になって放棄された跡地はよい選択肢だ。さまざまな理由で放棄された村を思い浮かべ、17人という人数から場所を絞り込んだ。
地図を取り出して3カ所ほど候補地を選ぶ。あまり広すぎても管理できずに苦労するだけだ。狭ければ広げればいいのだから。他の村や街と離れていない場所ならば、食料品の交換も可能だった。
「ライラ嬢の提案で、言葉は徐々に覚えるそうです。この世界に馴染むよう努力してくれるなら、相応の礼を尽くしてお迎えしなくてはなりませんね」
「住居と服や雑貨は、予備予算から出せるよう手配した。言葉が通じるようになれば、生活も楽になるだろう」
全体に良い方向へ向かっているので、満足した様子で頷く。後ろからぎゅっと髪を引っ張られた。
「どうした? リリス」
振り向くルシファーの視界から隠れるように、ぺたりと張りつくリリスは顔を見せてくれない。拗ねているのか心配になるが、正面に置いた鏡に映る表情は明るかった。リリスが背に張りついてすぐに用意させた鏡には、純白の長い髪にいくつものリボンを結ぶ姿が写っている。
声での返答はないが、機嫌よく鏡越しに手を振ってくれるので、ルシファーも笑顔で振り返した。手を振る方角に立っているのはアスタロトであり、渋い顔をして溜め息をつく。しかし言及はしなかった。
「ガギエルの問題は一段落ですが、まだ重要な案件が残っています」
アスタロトがもったいぶった言い方で切り出した。
「アムドゥスキアスです」
リリスが雷で撃ち落としてしまった詫びを用意すると伝えていたのだが、欲しいものがようやく決まったらしい。
「彼は何を望んだ?」
「妻が欲しいと」
「は?」
「ですから、妻が欲しいそうです」
繰り返して説明するアスタロトも複雑そうな顔をしている。ぽかんとした顔で側近の顔を見入る魔王の後ろで、一人千手観音をして遊ぶ幼女……堪えきれずにアスタロトが吹き出した。
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