245. お前の言い分はわかった
「パパぁ……うっ、こわぃ」
「よかった、リリス」
背中の翼は6枚、ずたずたに裂けた状態だが痛みより安堵が全身を包む。全魔力の半分近くを投入して凍らせ、なんとか間に合った。出し惜しみして凍らない事態を心配して、予定より多めに魔力を流したのは正解だったと思う。
泣き出したリリスは驚いたのだろう。氷の上に座ったルシファーは、膝の上に乗せたリリスの手足を確認して傷の有無を確かめる。左腕に小さな切り傷があり、黒髪の先が少し焦げていた。その程度で済んでよかったと安心する反面、傷ひとつなく守れなかった現実が悔しい。
「もう大丈夫だ、パパがいるからな」
大泣きするリリスの背を撫でた。治癒の魔法陣を展開して、白い腕に残る鳳凰の爪による傷と毒を消していく。残念だが、髪の毛は切り揃えたほうがいいだろう。髪や爪は治癒の対象にならないのだ。
首に手を回したリリスが泣き止むまで待つつもりだったが、後ろで
『魔王よ、我が望みを邪魔するとは』
「黙れ! 余のリリスを傷つけようとした以上、狩られても文句は言えまい」
傷ついた6枚の翼を無視して、さらに2枚を広げる。保護対象であることも、希少種だという事実もどうでも良かった。責任ならいくらでも負ってやろう。バラバラに切り刻んでやる。
リリスに送り込んだ魔法陣で結界や保護を行ったが、一歩間違えば氷の上に叩きつけられる可能性があった。もっと悪くすれば、炎の海で蒸発したかも知れないのだ。怒りに任せて魔力を纏ったルシファーだが、凍ったマグマの上を走るフェンリルに気付いた。
「我が君っ! 我にお任せを」
追いついたヤンが鳳凰に飛び掛った。飛べなければ地上最強の魔獣である獣王フェンリルに敵うわけがなく、鳳凰は弱った身でなんとか応戦する。元の巨大な姿に戻ったフェンリルの爪が翼に突き立てられ、紙のように引き裂いた。
神獣同士の戦いは、冷気に強いフェンリルの勝利で終わる。地上に在れば最強の獣王が、弱点である冷気に弱って地に伏せた鳳凰に負けるはずがなかった。
押さえつけられ動けなくなった鳳凰の首にヤンの牙がかかる。少し力を入れれば噛み千切れる状態で、ヤンは動きを止めた。ぶんぶんと大きく尻尾を振りながら、ルシファーの許可を待っている。
「お待ちください、陛下」
殺せと命じようとしたルシファーの隣に下りたアスタロトが、ばさりと翼をたたんだ。一礼して声掛かりを待つ態度は、公式の対応だ。仕方なく声をかける。
「理由を聞こう」
「はい、ありがとうございます。この鳳凰は魔王城の城門を襲撃した犯人です。一度連れ帰り、相応の処罰を行うが妥当でしょう」
「罰ならば、この場でヤンに許可を出せば終わる」
動けずに氷に伏せた鳳凰がわずかに羽ばたいた。抵抗とも呼べない身じろぎに、ヤンが再び押し付ける。体重を掛けてしっかり上に乗りなおしたヤンの眼差しは、期待に満ちていた。
「では言い方を変えましょう。鳳凰がピヨを攫った理由がわからなくなります。何より、この場で鳳凰を噛み殺させて満足できるのですか? 妃候補であるリリス姫を害されたあなた様が、その程度の温い処断で構わないとおっしゃるなら……私はこれ以上何も申しません」
言い切って、真正面から魔王の瞳を見つめる。銀色の瞳がすこし細められ、ついでルシファーの口元に笑みが浮かんだ。穏やかで優しい空気を纏う前の、混沌とした過去の魔王領を治めていた頃によく見せた笑みだった。
「お前の言い分はわかった」
承諾としたとも拒絶とも取れる。泣き止んでぐずぐず鼻を啜るリリスを左腕に抱いたまま、ルシファーはアスタロトの横をすり抜けた。
「ヤン、翼を奪え」
「はい、我が君の仰せのままに」
首に掛けていた牙を外したヤンが、鳳凰の翼の付け根に噛み付く。悲鳴をあげて暴れる鳳凰はアスタロトの影で縛り上げられ、ヤンごと城門前へ転送された。
凍った火口に残されたのは、魔王とリリスと側近達。転移魔法陣を足元に展開したルシファーの白い髪をくいっと引っ張った幼女は、誰もが忘れていた現実を突きつける。
「パパ……ピヨは?」
その瞬間、顔を見合わせたアスタロトとルシファーは、揃って足元の氷に目を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます