246. 2度目の再生ですね

 分厚い氷に閉ざされた火口の中、ピヨの姿は見当たらない。


「ピヨは……どこだろうな」


 思わず目が泳いでしまうルシファーに、やや同情気味の眼差しを向けるアスタロトが口を挟んだ。


「あの辺りにいたと思われますが」


 指差した先は、鳳凰がずっと睨んでいた場所だ。じたばたするリリスを下ろすと、彼女はルシファーの手を握って引っ張った。


「早くしないと、ピヨが凍っちゃう」


「あ、ああ」


 引っ張られるまま近づいた地点は、完全に下まで凍っているらしい。試しに炎を当てて溶かしてみたが、まったく反応がなかった。ピヨはマグマと一緒に凍った可能性が高い。


「どうなさいますか、ルシファー様」


 口調がプライベートに戻ったアスタロトが、くすくす笑いながら尋ねる。彼にとってピヨはたいした問題ではなく、リリスに叱られる姿を面白がっているのだろう。むっとしながら氷を睨みつけた。


「ピヨは死んじゃうの?」


 手を離したリリスが氷の上にぺたんと座り込んだ。表面を手でなでながら哀しそうに言われると、すごく悪いことをした気がする。広げたままだった翼を一度たたんで、ひとつ溜め息をついた。


「パパが助けるから心配するな」


 こうなったら氷を多少溶かして、ピヨを探すしかない。


 あれだけの魔力を凍結に注ぎこんだため、正直身体は怠いし疲れで眠かった。しかしリリスを泣かせたまま連れ帰るくらいなら、もう少し無理をしても構わないと思う。いざとなればアスタロトが連れ帰ってくれるだろう、たぶん。


 ちらっと視線を向けると、にこにこと無駄に笑顔を振りまく側近がいる。見た目はいいのに、この胡散臭い表情で損する男へ尋ねた。


「ベルゼは?」


「経済損失の計算があるので帰りました」


 言われて、見落としていた現実を突きつけられた。このまま火山が凍結されれば、周辺の気候や観光、産業に多大な被害が出る。すっかり頭から抜け落ちた事実だが、知ってしまえば無視も出来なかった。


「……責任は取る」


 手伝わせようと考えたベルゼビュートはいない。精霊族の血を引く彼女がいれば楽だったが、いないものは仕方ないと諦めた。


「リリス、オレの首に手を回して。絶対に離しちゃダメだぞ」


「うん……ピヨ、見つかる?」


「見つけてやる」


 一度たたんだ翼を広げ直す。傷ついた6枚を消して、残った2枚の魔力を熱に変換した。魔法陣を氷の床に刻みながら、ピヨの気配を探る。この近くにいるはずだが、氷の冷気に奪われる鳳凰族の魔力が小さすぎて読めなかった。


 まずは溶かすしかない。ピンポイントで位置を確定できないので、大きめの魔法陣を描いた。じわじわと熱を流し込んでいく。足元の氷が水になり蒸発し始めた。水蒸気がシューシューと音を立てる。


「あ、ピヨのピンクだ!」


 青い鳥なのにピンク? 不思議な言い回しに、魔力の色の話だと気付く。リリスの目には、氷の下にいる鸞鳥らんちょうの魔力色が見えていた。大喜びでリリスが指差す先に魔法陣の熱を絞り込む。一点集中で溶かした氷の穴から、マグマが噴出した。


 かなり冷気の強い分厚い氷であっても、やはり熱には弱い。全体が氷で蓋をされた状態でセーブされていた燃焼が始まり、一気に穴を広げながら氷を侵食した。


 ごぽっ……気泡が破裂すると、マグマが氷の穴から噴いた。まるで間欠泉のように勢いよく飛び出した赤に、青が混じっている。


「ピヨ!」


 リリスが嬉しそうに呼ぶと、青い毛玉が爆発した。一気に青白い炎が周囲を包み、氷の表面を舐めるように走る。咄嗟に結界を張りなおしたルシファーだが、慌てて魔法陣も展開した。結界用の魔法陣が完成した直後、ドンと激しい爆発でマグマが氷を包む。


「2度目の再生ですね」


 結界魔法陣をまとったアスタロトが、眩しさに目を細めた。赤い炎を食らう形で青白い炎が火口を染める。温度が高い炎は火口の縁まで焼き溶かしながら広がっていた。噴火した火山が鳳凰の希少種の存在で活性化し、横穴を開けて火の川を作り出す。


「……噴火はまずいんじゃないか?」


「噴火より、水蒸気爆発の心配をした方がいいですね」


 アスタロトの指摘の直後、溶けた氷から生まれた水蒸気が高温で撥ねた。真っ赤なマグマと一緒に、白い水蒸気が火山を揺るがす。爆音と振動、激しい圧力が結界に叩きつけられた。

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