121. 夜中の襲撃はいろいろ臭います

 イヤイヤ期が始まって早3週間。お風呂も食事もすべて「いやいや」を繰り返すリリスに、ルシファーは徐々に慣れて顔を綻ばせていた。こうなってくると、何を言われても可愛い。もともと可愛いのだが……と聞かれもしないノロケを脳内に展開するルシファーへ、リリスが唇を尖らせた。


「パパ! きいてるの?」


「ああ、聞いてるぞ。明日も自分で着替えて髪の毛を結ぶんだろ? 朝になったら洋服を用意しようか」


「やだ、いまやる」


 誘導方法もかなり上手になった。ここで「今から用意しよう」といえば「いやだ」と言う。逆に尋ねれば、いやだから今からやると答えるのだ。


 先にたって歩くリリスがルシファーの部屋のクローゼットを開いた。リリスの私室はまだ製作途中で、勝手に使うとドワーフに叱られるため、リリスの私物はルシファーのクローゼットに並んでいる。扉を開けたリリスが白い服の前に立った。


「パパは白い服がいいな」


「いや! 明日は白じゃないもん」


 すっと移動する。とにかく先に決められるのが嫌なのだ。明日は工作があると聞いたので、白いワンピースは避けた方がいいと判断したルシファーに誘導され、リリスは紺色のワンピースを選んだ。満足そうな幼女が同じ色のリボンを引っ張り出す。


 引き出しの中をかき回して見つけたリボンを手に、リリスは部屋に戻った。もう少し大きくなれば片づけを覚えさせるべきだが、今は問題ない。手早くリボンを片付けて後を追えば、遅いと足を踏み鳴らして怒っていた。


「ごめん、リリスがいないと暗いところ怖いんだ。次はパパと手を繋いで欲しいな」


 手助けしてくれるように頼むと、頼られるのが嬉しい幼女の機嫌が直る。


「わかった。手つないであげる」


 無邪気に笑ったリリスに手を繋いでもらい、ソファまで一緒に移動した。すぐ近くで丸くなるヤンは見ない、聞かない、話さないを徹底して家具と同化している。


 イヤイヤ期もあと数ヶ月だと聞いているため、ルシファーは彼なりに状況を楽しんでいた。元が傅かれることが好きでない性格もあって、リリスの尊大な態度も気にならない。以前の素直で可愛いリリスも好きだが、今のリリスも愛らしいと頬を緩ませっぱなしだった。


「もう少し起きてる?」


「よるは、寝ないとダメですよ!」


 アスタロトに似た口調で叱るリリスに連れられて、今度はベッドまで歩く。自分でよじ登るリリスを魔力でこっそり手助けして、手招きするリリスに従ってベッドに腰掛けた。ご機嫌で横になるリリスを抱っこして、今夜も魔王陛下は夢の中――――。






 ダーン!!


 寝入ってすぐの爆音に、反射的に飛び起きた。魔力による感知は封印されているため、仕方なくヤンを頼る。丸くなっていたヤンも飛び起きて、城門方面を睨んでいた。


 顔をしかめた彼の視線を追えば、煙が立ち上っている。どうやら攻撃で間違いなさそうだった。


「ヤン、何事だ?」


「アンデッドです! 我が君、炎を使うゾンビがいます」


「はぁ?」


 間抜けな声が漏れる。死に損ないアンデッドは光や浄化に弱い。炎による浄化が一般的なこともあり、炎に対して弱いのが常識だった。ゾンビが炎を使って攻撃してくるなど、今までかつて聞いたこともない。


「パパ、うるしゃい……」


 半分眠っている娘を撫でて「ごめんな」と謝るルシファーの余裕に、ヤンは苦笑いした。すでに対処に出たのか、アスタロトやベールが駆け込んでくる様子もない。


「任せた方がいいのか、見に行く必要があるか」


 唸るルシファーへヤンが提案した。大きな尻尾が左右に揺れる。


「我が君、我が見てきましょうか」


「ああ……そうだな。任せる」


 窓から飛び出したヤンを見送り、ひとつ欠伸をして横になった。ゾンビは臭うので、出来れば行かずに済ませたい。そんな思惑を隠したルシファーは、あどけない寝顔のリリスを見守りながら目を閉じた。

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