418. 泣き虫勇者は心を開く
食べるなり泣き出す勇者の姿に、よほどひどい食生活だったのだろうと同情の眼差しを向けるルシファーは、大公達の反応に苦笑いした。アスタロトやベールは人族の対応に嫌悪感を示し、ベルゼビュートは肩を竦める。ルキフェルは素直に気の毒がっていた。
勇者という肩書から想像する肉付きの良さと程遠いガリガリの姿に、アデーレは多めによそった皿をアベルの前に並べる。
パンや肉料理を経て、デザートが並ぶ。紅茶がそれぞれの好みを踏まえて用意されると、残りの休憩時間は30分前後だった。リリスはご機嫌で果物を手に取る。
「エプロンしようか」
「やだぁ」
まだイヤイヤ期は残っているらしく、勢いよく否定された。この際ドレスが汚れたら着替えさせるか、魔法で綺麗にすればいいと割り切って好きにさせる。リリスは大きな巨峰にかぶりついた。直前につるんと皮をむいたルシファーは、皿の端に皮を置く。
飴のように頬張った巨峰をもぐもぐしながら、汚れた手はルシファーの純白の髪を握った。思わず息を飲むアベルだが、大公も魔王も気にした様子がない。彼らにとっては毎食繰り返される当然の光景だった。
「ところで質問していい?」
隣のベールがフォークで差し出すメロンを食べながら、ルキフェルがテーブルに乗り出した。頷いたアベルは緊張するが、少年の疑問はいたって普通のこと。
「一人称が僕だったり、おれだったりするけど。本当はどっち? 話し方もルシファーいると「です」とか付ける。でも普段はもっと砕けた感じ」
「……おれが普段使いで、僕は目上の人用」
ぼそっと答える。祖母が躾に厳しく、目上に対しての口調を叩きこまれた。自然とそれが出てしまう。本来は切り捨てるように単語で話すし、たぶんコミュ障の類に近いと思っていた。
「あなたにはこの後の会議で、人族の都での扱いを証言してもらいます。あとは一緒に召喚されたという少女についてお伺いする予定ですね」
アスタロトが予定を説明する。そのために呼んだのだと言いながら、証言内容の突合せをしない。不思議に思ったアベルは恐る恐る口を開いた。
「あの……どんな内容がいいですか」
彼らが証言をさせるなら、きっと好む内容があるはずだ。それに沿った答えを教えてもらえば、ちゃんと答えられる。保身を兼ねた打算めいた質問に、アスタロトは不思議そうに返した。
「あなたの実体験で結構です。人族ではあるまいし、捏造する必要はありませんから」
「ルシファーもそういうの、嫌いだし。別に平気」
ルキフェルにせっせと果物を食べさせるベールが表情を和らげ、きょとんとしたアベルに穏やかに言い聞かせた。
「人族がどうあれ、我々には真実が一番価値があります。本当のことを話すだけで構いません」
「魔族は嘘を暴く能力持ちもいるのよ。答えを作ってもバレちゃうわ」
ベルゼビュートがくすくす笑いながら、巻き毛をくるりと指先で回した。それまで幼女の相手しかしなかった魔王ルシファーが顔をあげ、穏やかな笑みで付け加える。
「人族が魔族をどう説明したのか、興味がある。その辺も歯に衣着せぬ言葉で構わぬゆえ、会議で説明してやってくれ。そなたや召喚された少女が希望するなら、出来る限り手助けしよう」
ぽろりと涙がこぼれて、手元のカップに落ちる。先ほどのシチューを食べた時と同じ、胸が痛いような温かいような、不思議な心持ちで涙をぬぐった。
差し出されたハンカチを受け取り、侍女にお礼を言う。
「パパ、あの人泣いちゃった」
「家族と離れ離れになって、怖い思いをしたんだ。オレもリリスと離れたら泣くぞ」
ぎゅっと抱きしめられた幼女は、お菓子のジャムが付いたべとべとの手で純白の髪を撫でる。汚れをこすっているように見える仕草だが、幸せそうにルシファーは頬を緩めた。
「……よろしくお願いします」
召喚された場所が人族の都じゃなく、ここならよかった。嫌な記憶を洗い流すように、アベルは涙を零す。緊張感や恐怖心がひび割れて消えていく。魔族に対して抱いた醜い感情が、さらさらと手から零れ落ちる砂みたいに解けた。
リリスがお菓子を強請る声や、雑談の柔らかな空気が心地よくて、悔しさや懐かしさなどの感情が溶ける。ハンカチが湿っても、涙は止まらなかった。
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