666. 黒光りするアイツ
「食材は?」
「揃ったわ」
「料理人も手配した?」
「ええ、足りてるし……あと、調味料の追加手配終わってるかしら」
「それはもう手配済みよ」
4人の少女達は大公の仕事の一端を任され、指さしでリストに記された事項をチェックする。ルーサルカが読み上げる事項を、ルーシアがペンで潰していく。隣でレライエが納品書の数量を確認し、シトリーが計算しながら突き合せた。
「コカトリスがギリギリだけど、何とかなったし」
安堵の息をつくレライエの言葉通り、当初は足りるかわからないコカトリス肉だったが、狩りで大量に補充して事なきを得た。次はドレッシング用の柚子が不足したが、こちらもエルフ総動員で成長を促す魔法陣により実を収穫して加工中である。
「お茶は?」
「それはベルゼビュート大公閣下の管轄ね」
「……確かめておく?」
不安そうにルーサルカが呟くのも無理はない。普段から担当する魔物駆除の外回りに加え、あれこれと手配する仕事を回され、普段より増えた会計用書類が山積みなのだ。彼女が多少ミスをしても責められないほど、多忙を極めていた。
「そうね、ベール様やアスタロト様なら安心ですけれど」
後ろを故意に言わなかったシトリーに、残る3人も頷いた。儀式や式典の管理と記録を行うルキフェルは、祭りの資材確保から外れている。ベールもアスタロトも、他人にいろいろ口出しするだけあって細かい。幾重にも確認して動く人達なので安心感があった。
その点でベルゼビュートが一番やらかしそうだと意見が一致し、少女達はベルゼビュートの執務室の扉を開いた。誰もいないのは分かっているので、遠慮なく足を踏み入れる。不思議な香りが漂う空間は思ったより整理されていた。というより、物がとにかく少ない。
机と椅子、本がない棚。使っている部屋か確認したくなるほど、物はなかった。代わりにゴミなのか書類か判断に困る紙が、大量に散らばる。机の上や脇にも書類が積まれ、全体に雑然とした雰囲気だが……。
「このお部屋、最後にいつ使ったのかしら」
「一昨日は顔を出されたけれど……ふらふらと寝室へ入られたわね」
ルーシアとシトリーが見回す先で、ルーサルカが書類の山に眉をひそめた。
「ねえ、この書類もしかして」
未処理――その単語を口にするのを躊躇う。明らかに処理期限を過ぎた書類が、まだ大量に残されていた。顔を見合わせた少女達は覚悟を決めて腕まくりを始める。
「とりあえず、片付けましょう!」
「そうね。急ぎの書類が出てきたら困るし」
「私はこっちを何とかするわ」
手分けして書類に目を通して分類する。大量の書類は4人の手で、見る間に複数の山に積み直された。がさっと書類の奥から音がして、ルーシアが首をかしげる。動く気配に釣られて、ルーサルカも横から覗き込んだ。
「……ひっ」
「きゃぁあああ!」
見たくない生物を目撃したルーシアが息を飲んで硬直し、直視に耐えられないルーサルカが悲鳴をあげた。2人の反応に腰を抜かしたシトリーが横の書類を崩してしまい、慌てて押さえたレライエがほっと息をつく。
がさがさ、ごそごそ……心理的に嫌な音を立てて動く小さな虫は、黒光りする奴だった。レライエの膝の上で寛いでいた翡翠竜が飛び起き、未来の嫁とその友人たちの反応に首をかしげ、すぐに原因に気づいて笑う。
「ああ、苦手な女性が多いですね」
小型の翡翠竜はぽんと膝から飛び降り、ぱくりと口に咥えて窓を開ける。そのまま外へ放り投げた。嫌悪感や恐怖心がない彼の行動に、称賛半分の少女達が思わず拍手した。飛んでいく黒い虫を見送り、アムドゥスキアスは窓を閉める。
とことこ歩いて戻り、再び婚約者の膝に乗ろうとして……悲鳴と一緒に吹き飛ばされた。
「やめて!
その後、黒光りする奴から少女達を守った勇者の行動をこんこんと説明し、理解してもらい、謝罪も貰った。しかし徹底的に綺麗になるまで、二桁に及ぶ浄化と洗浄魔法を掛けられるアムドゥスキアスは密かに誓う――次はもう手を出さないことを。
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