667. ティアラ作りの褒美は
ティアラのデザインを最終確認するルシファーとアスタロトが、細工の見事さに溜め息をつく。繊細な百合と紋章の絡み合いは、素晴らしいの一言に尽きた。
「さすがですね」
「これはリリスの黒髪に映えるぞ」
大公と魔王の真っすぐな褒め言葉に、スプリガンの職人がガッツポーズをとる。彼らも渾身の作品であり、最高傑作だと自認していた。
銀に近い白金の地金にオリハルコンを混ぜ、すこし金色を強くする。希少金属ゆえの扱いづらさを克服するため、中に金剛石の粉末を混ぜた。魔力耐性が強くなりすぎ、今度は加工に苦労する。大きな宝石を抱いた紋章は、どこまでも緻密で寝食削った甲斐があったと顔が綻んだ。
「褒美は望むままに用意させよう」
ご機嫌で大盤振る舞いの魔王ルシファーへ、スプリガン達は顔を見合わせ、覚悟を決めて願いを口にした。
「魔王様の宝石の管理をさせていただきたく……」
「管理?」
欲しいのではなく? そんな疑問を込めたアスタロトの問いかけに、彼らは大きく頷いた。宝石はくれるなら欲しいが、彼らにとって価値があるのは宝石が美しくあること。誰かの喜びになる宝飾品を作り、それを相応しい人に着けてもらいたい。だから宝石自体に執着はなかった。
「このティアラ用の宝石を見せていただいた際、陛下は石の種類も形状も無視して一緒くたに保管しておられました。あれでは傷だらけになり、価値が落ちます。削って磨き直すより、傷にならない保管をお願いしたいのです」
「……よくわからないが、宝石は要らないのか?」
「管理費を頂いて、今後お預かりして磨きます。必要な時はお返ししますので、いかがでしょう」
アスタロトと顔を見合わせた。執務室の脇ではまだドレスの裾に刺繍をしている。執務室机に乗り出して交渉するスプリガンの勢いに、アラクネ達が刺繍の手を止めて見つめた。
「それなら契約書を結んで、仕事として依頼します。この人の管理は
勝手に返事をする側近の言葉が一部気に入らないが、管理してくれるなら異存はない。ルシファーが収納から宝石箱を取り出した。全部で50個ほどあるが、ひとまず5つ並べる。
「ルシファー様、全部出してください」
「え? 並ばないぞ」
「床に積めばいいでしょう」
スプリガンが驚くような言葉を吐いたアスタロトが手伝い、大量の箱が積まれた。本人は宝石箱と呼称したが、明らかにワイン瓶の木箱なども混じっている。トランクも含め、宝石入りとは思えない大量の箱が並んだ。
「あとは禁忌の品だから、これだけしかないが」
さらりととんでもない発言をした魔王は、手近なトランクを開けて中を見せた。色とりどりの宝石が所狭しと詰め込まれている。もちろん種類も大きさも色もごちゃ混ぜ。入るだけ入れたのがよく分かる積め方だった。
開けた瞬間、トランクの留め金が壊れて中身が飛び出すのは、入れ過ぎ注意の最たるものだ。
「ルシファー、何してるの?」
近くで書類を確認していたルキフェルが、興味深そうに覗き込んだ。ドラゴン種は光り物が好きだが、ルキフェルは魔法陣至上主義の変わり種だった。それでも多少は気になるらしい。
「リリスのティアラの確認がてら、財産整理だ」
「ルシファー様、整理ではなく管理委託です」
きっちり訂正され肩を竦める。ルシファーがふと宝石箱からはみ出したネックレスに気づいた。
「これ、見覚えが……?」
「「「あ!」」」
スプリガンの親方、アスタロト、ルキフェル、3人の声がハモる。驚いたルシファーの手に摘まれた鎖のネックレスは、しゃらんと涼やかな音をたてた。
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