509. 意思の疎通は難しそうでした

 肌の色は褐色で、髪の色は黒か茶色系ばかり。そして目覚めた青年の目は紫がかった暗い色をしていた。この世界の常識通り、魔力量はさほど高くない。にもかかわらず、上級に分類される雷を操る彼らの存在は不気味だった。


 記憶力でも文官トップに君臨するアスタロト大公のが存在すること自体、異常なのだ。


「ぐうぅるるるるっ」


 城門へ転送する前に目が覚めてしまった青年は、両腕が拘束された状態に暴れ出した。唸り声をあげているが、人型なのに言葉を発しない。別の方法で意思疎通を図る種族もいるため、ベルゼビュートが近づいて肌に触れた。暴れた青年が「ぐぎゃああ」と叫ぶが、ベルゼビュートは易々と組み伏す。


「大人しくなさい」


 ぐいっと頭を押さえつけ、首筋に手を押し当てた。相手の意思を読み取ろうと目を伏せてじっとしていたが、すぐに首を横に振る。


「ダメですわ」

 

 接触で直接己の意思を流し込むタイプではなかった。ベルゼビュートが触れても無事だったことで、肌に毒がある種族でないこともあわせて判明する。犬に似た唸り声をあげて威嚇する姿に、ルシファーがくるりと振り返った。


「ヤン、意思の疎通が図れそうか?」


「……獣の唸り声はわかりませぬ」


 首をかしげて聞き入ったフェンリルに、否定されてしまった。どうやら唸り声にも獣系と会話が出来る系に分かれるらしい。ルシファーにはどちらも同じに聞こえるが。


「あの人、ヤンみたいな声する」


「姫様! 我らは魔獣であり、ただの獣風情ではありませぬぞ!!」


 言葉が通じる魔族の一種だと必死で抗議するも、幼女はこてりと首をかしげた。ヤンの憤慨する理由がわからないのだろう。じっとヤンを見て、続いて木に縛られた鱗のある人々を眺める。


「ヤンは毛だらけで、あの人たちは毛が頭だけ!」


 違いを見つけていたらしい。そうじゃないのだが、と苦笑いしたルシファーが不毛なやり取りを打ち切った。


「落ち着け、ヤン。子供の言葉だぞ。勘違いしているだけだ」


 近づいて頭を撫でてやる。唸っていた鼻先の皺が軽減された。リリスも手を伸ばして撫でながら「ヤンはいいこ」と呟いたことで、完全に機嫌が上向く。


「意思の疎通が図れないなら、魔物分類になります」


 アスタロトが複雑そうに事実を口にする。この世界の魔物と魔族の違いは、他種族との意思の疎通の有無だ。自分達の種族で通じる言語は尊重すべきだが、他種族との会話が一切できず意思を伝えられない時点で、分類が魔物となる。人型の種族で魔物分類が今まで発見されていなかった。


 魔族ならば、今後の種族の在り方や生息地域の問題も含めて話し合うことが出来る。しかし彼らと意思の疎通が出来ないならば、他の魔族を守る為に対応を考える必要があった。魔族を襲う危険な種族だった場合、絶滅させる可能性も含めて検討しなくてはならない。


「こういうのはルキフェルの担当じゃないかしら?」


 他種族とのコミュニケーション能力が一番高いのは、ルキフェルだった。様々な手法を試して相手の反応を確認する彼は、根っからの研究好きだ。未知の存在や謎は大好物らしい。ルキフェルに任せようと話をまとめ、唸り続ける青年ごと鱗のある人々を魔法陣で囲った。


「説明役にアスタロトがついて……」


「ベルゼビュート、任せます」


「いいけど、視察は?」


 視察の同行役として城を出てきたのと呟くベルゼビュートを丸め込むのは、アスタロトにとって簡単だった。彼女は深く理屈を考えないし、多少無理な言い訳をしても納得してしまうのだ。


「私が代わりましょう。とりあえず殺さない範囲、治癒魔法で治る範囲でしたらあなたの好きにして構いませんよ。ルキフェルと一緒に遊んだらいかがですか?」


「あら、悪いわね。仕事を押し付けたみたいになって」


 なぜか赤くなって照れるベルゼビュートの単純さに、ルシファーが額を押さえる。これでも戦闘能力は大公に相応しい強さで、魔力量もずば抜けており、それらを証明するほどに長寿なのだ。計算以外の事務仕事が壊滅的だとしても、彼女は8万年にわたる長き年月を魔王城の護りに尽力した実力者だった。


 それなのに、アスタロトに手のひらで転がされる姿は哀れを誘う。


「ベルゼ姉さん、帰っちゃうの?」


 リリスがごねるかと思ったが、あっさりと手を振った。


「ばいばい。また後で遊んでね」


「ええ。姫様、先に帰るわ」


 ひらひらと手を振り返したベルゼビュートは、ルシファーが描いた転移魔法陣の上に立つ。爪先でとんと地面を叩き、制御した魔力を大量に注ぎ込んだ。ピンクの巻き毛を風で乱しながら、まずは転送すべき17人を送る。最後に自分も一緒に消えて魔法陣は消えた。


「……単純で助かります」


 にっこり笑うアスタロト大公の腹黒さに、その場の全員が声に出さず同意した。

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