510. 鳳凰を崇める種族?

 縛られた17人と一緒に帰城したベルゼビュートは、城門前の広場で驚きに目を見開いた。魔王城の門番として就職した鳳凰アラエルが翼を広げ、その手前で大型犬サイズのピヨが真似て翼を動かしている。愛らしい子供の仕草から視線を動かせば、異様な光景があった。


 転移中に目が覚めたのか、8人ほどが地面に頭を擦りつけて鳳凰にひれ伏す。まだ意識がない者も目が覚めた側から、アラエル達に頭を下げた。


「なに、これ」


 ぽつりと呟いたベルゼビュートが腕を組んで、異様な光景を見守っていると……城内からルキフェルが駆け出してきた。慌てて追いかけるベールが、手を繋いでルキフェルの暴走を食い止める。


「ベルゼビュート、これはどういった状況ですか?」


「あたくしにも分からないわ」


 お手上げだと肩を聳やかしてから、彼らを発見した経緯と言葉が通じない状況を説明した。あちこち飛び火するベルゼビュートの話を聞き終えて、ベールが後ろの風景をじっと眺める。


「鳳凰を崇める種族なんていましたか?」


 森を焼き払う害悪として、一時期は排除の対象となった鳳凰族である。尾羽が綺麗なこともあり、乱獲されたこともあった。そんな彼らを神聖視するのは、人族くらいだ。


「人族じゃないんでしょ?」


 ルキフェルが鱗の観察をしながら、不思議そうに呟いた。リザードマンとの間に生まれたなら鱗の説明はつくが、17人も生まれたら、律儀な彼らは申告しただろう。


 無申告の種族だという事実が、ルキフェルに首をかしげさせた。


「ぐぉおおお! ぐるるっ」


 同種族間は会話ができているらしく、目覚めた者同士は動物に似た声を上げて、互いに鳳凰へ敬意を示す仕草を繰り返す。


 崇められて機嫌がよかったアラエルも、少し不気味に思い始めたらしい。困惑した顔で助けを求める。足元の青いらんであるピヨが近づくと、ぺたんと地面に平伏して動かなくなった。ピヨは無邪気に彼らの間を走り回っている。


 危険だからやめさせた方が……そんなベールの視線に気づいたのか。慌てたアラエルが、最愛の番を呼び戻す。


「ピヨ、離れてはならぬ」


「どうしてぇ?」

 

 危機感皆無のピヨだが、それまでぐったりしていた男が身を起こして目が合うと、驚いて空に飛び上がった。まだ距離は飛べないが、それなりに空を舞うことは出来る。ぎこちない動きで帰ってきたピヨを受け止め、ほっとした顔でアラエルが羽を畳んだ。


「知らぬ者に害されたらどうする? 心配をかけるな」


 溺愛しているピヨの羽をくちばしで整えてやるアラエルは、威嚇するように17人に向けて結界を張った。正直、少し遅い。ベールの率直な感想は、幸い彼らに届くことはなかった。


「ところで、アラエル。君は彼らの言葉がわかる?」


 ルキフェルは興味津々に尋ねる。少年を通り越し、青年に届く外見のルキフェルは好奇心が最優先だった。水色の瞳が、きらきら輝いている。


「いえ、わかりません」


「あっそう……残念」


 がっかりしつつも、ルキフェルは色々な方法を思い浮かべていた。


 昆虫系の魔族ははねを擦る音で会話する種族もいるから、鱗の音や動きで意思疎通できるかもしれない。あとは植物系のアルラウネ達は葉の動きと、葉を揺らす音で精霊達に意思を伝える。今回はベルゼビュートが意思疎通できていない時点で、精霊や妖精絡みの伝達はないだろう。


 声を発するが、動物の吠え声に近い。ヤンが意思疎通に失敗したと知らないルキフェルだが、鳳凰のアラエルが会話できないので候補から削除した。


 視線での会話、手話、筆記もある。どれなら通じるのか、わくわくしながら頬を緩める。そんなルキフェルの長くなった髪を後ろで結びながら、ベールは溜め息を吐いた。新しい研究対象を得たルキフェルは、しばらく彼らに夢中だろう。


 やきもちとは違うが、何だか寂しい気がする。しかし繋いだ手を離さないルキフェルが、笑顔で見上げた。


「ベール、急ぎの仕事ある?」


「いいえ。今はありません」


「なら、僕の手伝いをして! お願い」


 頼ってもらえたベールの表情が、見る間に柔らかくなる。昔は研究中に他人がいると気が散ると言っていたのに、こうして隣で手伝うことを求められた。


「ええ、もちろんです」


「ねえ……あたくしの存在を無視しないで」


 甘い空気を醸し出す同僚に、ベルゼビュートは呆れまじりの冷たい声と眼差しを向けた。

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