173. 保育園一時閉鎖のお知らせ
保育園へ通う日をカウントダウンし始める頃、久しぶりに寒さ厳しい朝だった。だんだん春へ向けて暖かくなっていたところだったため、油断した親子が多かったらしい。保育園で風邪が流行ったのだ。
「園を一時的に閉鎖すると連絡がありました」
「わかった……が」
アスタロトの報告に頷いたはいいが、問題は隣の部屋で準備をしているリリスだった。卒園式の出し物である劇の練習にお熱の彼女は、今日も機嫌よく鼻歌がもれ聞こえてくる。説明した途端にしょんぼりしてしまうのではと、ルシファーは眉尻を下げた。
「それとは別件になりますが、リリス嬢の側近候補を決めなくてはなりませんね」
「ああ、そうか……もう決めないと間に合わないな」
アスタロトに渡されたファイルには、二桁ほどの女児のリストが並んでいた。年齢はリリスと同じか、それ以上だ。彼女の学友として一緒に学び、将来は魔王妃たるリリスを支える側近になる子達だった。真剣に選ばなくてはいけない。
一番重要視されるのは、家柄より相性だ。リリスと気が合うかどうか。公私にわたり一緒に過ごす時間が増えるため、ただ仲良しだけでも困る。魔力もそこそこの量を必要とされるので、自然と貴族の子女が候補に挙がりやすかった。
「うーん……オレが選ぶのも違う気がする。リリスの側近だから、彼女自身が選ぶ方がいいよな」
「ですが、保育園で仲が良かった程度の理由で選ぶ年齢ですよ?」
大人びた口を利くようになっても、まだ5歳の幼女だ。しかもルシファーが猫可愛がりしたため、かなり箱入り育ちだった。相性がいい悪いを本人に見極めさせるのは、不可能だと思われた。
「いっそ全員集めて、一緒に遊ばせてみたらどうだ?」
ルシファーの提案に、アスタロトが考え込む。確かに遊んでいる姿や一緒に勉強をさせてみれば、適正や性格が見分けやすくなる。それもひとつの方法だった。
「パパ、アシュタ。保育園行く時間よ」
ピヨを頭に乗せたヤンの背に乗ったリリスは、ご機嫌だった。続き部屋の扉を魔法で開けるあたり、魔法の才能はありそうだ。まだ教えていないのに使いこなす姿に、アスタロトは頭を抱えた。ノックといった基本的な礼儀を教えるべきだ、と。
「リリス、今日は保育園がお休みになったぞ」
「嘘だもん」
「嘘じゃない。ミュルミュール先生に聞いたからな。昨日も具合悪い子いっぱいいただろ? 咳が出る子や熱がある子が増えたので、今日はみんなお家で休むよう決まったんだ」
子供相手でもきちんと説明するルシファーのおかげか、リリスは説明を噛み砕いて理解しようとする。俯いて考えたリリスが首をかしげた。
「皆は具合悪いからお家にいるの?」
「そうだよ、よく理解したね。賢いぞ、リリス」
「リリスは元気だけど、保育園だめなの?」
「他の子から風邪が感染ると困るからね、全員お休みだ」
少し鼻が垂れているのに気付いて、ルシファーがそっとハンカチを当てる。ちーんと鼻をかむ娘を撫でて、それから無造作に机の上に放り投げた。後ろで部屋の掃除をする侍女が回収していく。
「リリスも鼻でてるし、卒園式はお休みじゃ困るから……今日は我慢してパパの部屋にいようか」
「ううん。リリスはお部屋で劇の練習する! パパは覗いちゃだめよ」
ヤンの毛を撫でて、部屋に戻るよう頼んでいる娘を見送り、ルシファーは溜め息をついた。がくりと肩を落とした姿は、執務では見せたことがない。苦笑いしてやりとりを見ていたアスタロトが、先ほどのファイルを再び突きつけた。
「全員に連絡をして集めましょう。側近選びの件は伏せた方が良さそうですね。3日くらいのお泊り会として通達します」
「任せる」
さらさらと通達に関する書類を作成した部下に促され、ルシファーは一番下に署名した。続き部屋のドアに近づくが、ドワーフが防音に力を入れてしっかり頑丈に造ったため、隣の様子がわからない。覗いてはいけないと言われたルシファーは、そわそわしながら扉の前を行ったりきたり。
「陛下、檻に捕らえた魔物じゃないんですから……」
呆れ顔の側近が無理やり引き剥がすまで、ルシファーは愛娘が出て行った扉の前に張り付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます