172. 綺麗な飴をもらいました

「ほら、飲みやすいぞ」


「もう! リリスは子供じゃないんだからっ、ちゃんと飲めるのよ!!」


「わかってるさ。お姫様。これはオレの我が侭だから、許してくれる?」


 蜂蜜を追加したことで子供扱いされたと唇を尖らせるリリスの黒髪を撫で、そっと耳元で囁く。アスタロトあたりが見たら『幼女相手に色気垂れ流さないでください』と呆れられそうだが、アデーレは仲睦まじい2人の様子に頬を緩めた。


「……許すけど」


「では、お詫びにこれをどうぞ」


 隠しておいた飴が入った瓶を差し出す。先日取り寄せたのだが、美しい瓶に入った飴は色とりどりで目に楽しい。リリスが「うわぁあ!」と歓声をあげた。


「気に入ってくれた?」


「うん、ありがと。パパ」


 ツンデレ風味ではあるものの、まだまだ己に正直な幼女である。きちんとお礼を言って瓶を覗き込んでいた。赤い目がきらきら輝き、口元が綻んでいる。こうしてみても、本当に愛らしい娘だとルシファーの顔も緩んだ。


 最初は白い肌に黒髪が不思議だと思っていたが、今になればこれ以上ない極上の組み合わせだ。白い肌を縁取るような黒髪は、やっと腰まで伸びた。これでお祭などで髪を結い上げることが出来る。


 赤い目と黒髪、白い肌。すべて相性のいい色合わせだし、リリスの顔立ちはとても可愛らしい。にっこり笑った姿はまさに人族が言う天使そのものだった。女神と呼んでもいい。うっとりしながらリリスの黒髪に触れていると、リリスが蓋に手をかけた。


「最初だけ硬いから、オレに開けさせてくれる?」


「……やだ」


「ガラスだから気をつけないと割れちゃうよ」


「開けたいの?」


「うん、リリスのために開けさせて欲しいな」


 お願いする形をとると、すぐに瓶を渡してくれた。ずっと抱っこして眺めていたので、瓶が少し温かい。リリスの目の前に置いて、蓋をきゅっと捻る。ぽんっと空気の抜ける音がして瓶の口が開いた。工芸品のような洒落たガラス蓋をテーブルに置く。


「何色にするの?」


「緑の!」


 瓶の中に手を入れて、上から2つ目くらいの緑色を引っ張り出す。口に頬張ると、ぽこっと右のほっぺたが膨らんだ。思っていたより飴が大きかったらしい。もごもご苦戦しながら反対側の頬に移動させる。今度は左のほっぺが膨らむ。


 ころころ転がしながら両手で幸せそうに頬を両手で包んでいる姿に、ほんわかした空気が漂った。


「ああ、忘れるところだった。アデーレ、あとでこの書類をアスタロトに渡してくれ。調、と」


 魔王の側近であるアスタロトと同じ種族である彼女は、侍女という立場だが腕も立つし機転も利く。そこらの諜報員顔負けの強者だった。一瞬で書類の重要性を理解したアデーレが、預った封筒を丁寧にメイド服の内側に仕舞いこんだ。


「承知いたしました」


「あへーえわ、いいふの!」


 アデーレはリリスの専属だと抗議する娘に、ルシファーは「ごめん、お使いお願いしたんだよ」と宥めるように膨らんだ頬へ唇を押し当てる。機嫌を直したリリスは飴を口の中で転がしながら、クッキーをひとつ手に取った。


 どうするのか見ていると、「はーふん(あーん)」とルシファーの口元に押し当てる。口をあけてクッキーを受け入れると、嬉しそうに目を細めて笑った。自分だけじゃなく他人にもちゃんとお菓子を分ける優しさに感激しながら味わっていると、彼女は2枚目を手に取った。


「はーふ」


 今度はアデーレに差し出す。本来はお茶の席で主が侍女に食べ物を与えることはないが、非公式の場だし、まだ幼いリリスがすることなので黙認する。頷いたルシファーを確認して、アデーレも口をあけて受け取った。


「ありがとうございます。リリス様、美味しいですわ」


 ご機嫌のリリスが、今度はジャムなどがないクラッカーのような地味なクッキーを手にした。好みのジャムやクリームを乗せるスコーンのような食べ方をするクッキーだが、それを手の中でぐしゃっと握りつぶした。


「あひ、ひおに」(はい、ピヨに)


 咄嗟にハンカチを敷いたアデーレのお陰で、駆け寄ったピヨがクッキーを啄ばみ始める。ここ数年はリリスが床でおままごと遊びに興じたせいで、毛足の長い絨毯が多いため、大惨事になるところだった。まあ、掃除は魔法で行うためあまり神経質になる必要はなかったが。


 ピヨは一度絨毯の間に落ちたお菓子を食べていて、絨毯の毛を毟るというトラブルを起こしている。


 ほっとした大人を他所に、リリスはもう1枚砕いてピヨに与えた。まだ下にピヨがいるのに、手を叩いて細かな粉もすべて落とすと、満足そうに後ろへ寄りかかった。


 ルシファーは膝の上だけでなく、胸に寄りかかるリリスの温もりと重さに嬉しそうに笑う。忘れられて拗ねた護衛ヤンに慌てたリリスが、彼の大きな口にお菓子を放り込むのは、僅か数十秒後の出来事だった。

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