1335. 愛情表現はそれぞれ
落下するアスタロトの姿に悲鳴が上がる。駆け寄ろうとするルーサルカが、まだ解除されない防御壁を叩く。泣き叫ぶ彼女の願いを叶えようとアベルが剣を取り出し、イザヤに止められた。安全が確保されるまで、防御壁は解除できない。
「リリス」
「わかったわ」
頷く婚約者と共に転移し、アスタロトを受け止める位置に立つ。両手を伸ばしたルシファーの背に広がる翼が、魔力の網を作り上げた。先に網で衝撃を抑えてから腕で抱き止める。金髪や白い肌が、顔色の悪さをより際立たせた。
「アスタロト、おい」
頬に触れて体温が下がっていることに気づき、手早く己の手のひらを切った。血の鉄錆びた臭いが広がり、アスタロトが反応する。どんよりと意思が濁った吸血鬼王は、血で濡れた指先をぺろりと舐めた後、懇願するように手のひらに舌を這わせた。握っていた剣を離したことで、魔力により具現化した虹色の剣は消える。
治っていく傷を舐め終えると、ルシファーの手首に齧り付いた。牙を立てて血を飲む姿に、安心する。この調子ならすぐに回復するだろう。心なし、頬も赤みが差してきた。
あとはアスタロトが気にしないように、適度なところで吸血行為をやめさせることが必要だ。完全回復するまで血を吸われたら、今度はルシファーが青ざめてしまう。自分のせいでルシファーの体調が悪くなったと知れば、彼は気に病むだろう。
「ルシファー、アシュタは平気?」
「ああ、だが近づくなよ。まだ正気じゃない」
頷いたリリスは素直に距離を置いた。この状況で、アスタロトがリリスの血を吸ったら、ルシファーが嫌がる。
「吸血行為って、何だか……その……色っぽいわね」
照れるリリスの呟きに、ルシファーが苦笑いした。この世界でもっとも性的な魅力を振り撒くのが吸血種だ。彼女の指摘はあながち間違いではない。アスタロトはその評判を嫌ってか、堅物で通しているが。
城門の内側でも事件は起きていた。結界を維持していたアムドゥスキアスは、本来の大きさから急激に萎んだ。婚約者のバッグに収まるいつものサイズまで縮んで、ふらりと倒れる。
「アドキスっ!」
レライエが叫んで、よろめいた婚約者を抱き止める。大量の魔力を消耗したアムドゥスキアスは、レライエの胸に抱かれてしがみ付いた。小さなドラゴンの手は、婚約者の背に回そうとして止まる。
「ライ、僕、頑張った?」
「ああ、立派だった。すごくカッコよかったぞ」
褒める彼女の声にほわりと笑い、顔を埋めた。胸に押しつけた顔をぐりぐりと揺らし、幸せそうな溜め息を吐く。セクハラ行為にムッとするレライエだが、「癒されるぅ」と脱力した翡翠竜の姿に慌てた。
ぐったりと崩れ落ちたアムドゥスキアスは、すぅすぅと寝息を立て始める。疲れが限界に達したのだろう。
「今回の無礼は、活躍に免じて許してやる。殴れるくらい、早く元気になれ」
「……殴るのね」
最初から最後まで目撃したシトリーの呟きは、誰の耳にも届かなかった。だが、レライエは幸せそうに頬を緩めた翡翠竜を離さず、バッグに入れることもなく抱き続ける。これもひとつの愛情の形かも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます