527. 釣り書きを届けてみた
結論から言うと、レライエの中で翡翠竜アムドゥスキアスへの印象は『可愛い小動物』だった。引き合わせる前に話を聞いておいてよかったと胸を撫でおろしながら、レライエに丁寧に状況を説明する。
「彼は私が好きなのですか?」
「……たぶん」
他人の恋心を透視する能力はないし、あっても使いたくないので首をかしげる。膝の上で向かい合うリリスも真似して首をかしげた。お団子にしたため、前髪だけさらりと流れる。
「気持ちの面は当人同士で確認して欲しい。オレが託されたのは、レライエ嬢の気持ちを確認するところまでだ。気が乗らなければ断ってくれ。もし付き合うなら、数年は手出し無用の契約魔法陣を彼に刻む必要がある」
彼女がどちらを選ぶにしても、今後の条件や彼の状況を伝えておく必要がある。情報が足りない中で選んだレライエが後悔するのは可哀そうだ。
ベージュ系の肌に目を引く鮮やかなオレンジ系の髪が躍る少女は、深緑の眼差しを伏せた。考え込む仕草に、彼女の葛藤が見て取れる。魔族は貴族令嬢であっても、よく知らぬ男に嫁ぐ者はほぼいない。ほとんどが恋愛結婚だった。これは貴族であっても、平民であっても同じだ。
人族のように高貴な血筋を残す云々、わけのわからない理屈をこねて少女を老人に嫁がせるような無体を強いることはなかった。今回はまさにこの例に当てはまる。
レライエは僅か15歳前後、対するアムドゥスキアスは見た目こそ若いが1万歳を超えていた。しかも元婚約者持ちで、番喪失者という複雑な状況だ。魔王妃の側近となれば、いずれ引く手あまた……嫁入り先に困ることはない。今急いで決める必要はなかった。
「決断を下す前に、アムドゥスキアスの釣書を渡しておこう。合わせて魔王史のこの部分も読んで判断して欲しい」
彼の番が失われて魔王城の一部を壊した話。その際に大公候補だった魔獣や吸血種族を巻き込んだ話。番が人族だったため、うまくかみ合っていなかった話。すべてが書かれたページを開いて渡す。重く大きな本をテーブルに広げ、ルシファーは釣書も横に置いた。
「お茶の用意を頼む」
未婚女性の私室に入るのは、さすがに魔王であっても歓迎されない。そこでリリスはもちろん、侍女長のアデーレも伴っていた。護衛のイポスが入り口を警護するのは、言うまでもなく当然だ。これだけ女性がいる中なら、誰かに咎められる心配はなかった。
うっかり彼女と噂を立てられたら、ルキフェルとアスタロトの2人掛かりで首を狙われそうだ。しかもベールは絶対敵に回るだろう、ルキフェルの味方をするために。もちろんリリスとの婚約日を指折り数えるルシファーが、そんな噂を好むはずがない。出来る男は、事前に噂対策を済ませておくものだ。
「パパ、お茶飲むの? シアとルカと、リーも呼んでいい?」
無邪気に尋ねるリリスの願いに「いいよ」と答えかけて、ルシファーは場所を思い出す。ここは魔王城の一角だが、レライエに与えられた私室だった。勝手に他人を招いてよいはずはなく、ましてや今の彼女は、婚約するかしないかを迷っている。
「リリス様、陛下、あの3人ならば構いません。呼びましょう」
自分の意見をはっきり表明する彼女らしい。笑顔で促され、彼女達を呼びに行かせた。今日は勉強も終わっている時間なので、並びにある私室にいる可能性が高いだろう。ルーサルカとシトリーは私室にいたらしく、すぐに駆け付けた。
ルーシアは何やら外へ出ているようで、お茶会は欠席の形だ。
「ちょうどよかったですわ。リリス様にお菓子を焼きましたの」
木の実がふんだんに使われた焼き菓子は、形が歪だが香りがいい。どうやら手作りの焼き菓子のようで、クッキーに似た板状の長細いものだ。上にキャラメルで和えて固めた木の実がごろごろと大粒で乗せられていた。
大きな天板に合わせて焼いたものを、最後にカットしたらしい。同じような菓子をイフリートが焼いたこともあるが、彼は木の実をスライスして乗せていた。いわゆる『フロランタン』と呼ばれる種類だ。
「ほう、よくできているな」
褒めたルシファーに一礼して、嬉しそうなシトリーが菓子を取り分けていく。
「リーが焼いたの? すごいね、パパ。美味しそうね!」
はしゃいで焼き菓子に目を輝かせる。シトリーは
「陛下はレライエに何のお話がありましたの? お邪魔ではないかしら」
すっかりアデーレの教育を身につけて淑女と化したルーサルカは、心配そうに首をかしげる。しかし手元は慣れた様子でお茶のカップを温めていた。いずれは義母であるアデーレの跡を継ぎたいと話しているのを知っている。リリスの着替えの手伝いも好きなようで、一緒に髪飾りを選んだりする姿は微笑ましかった。
レライエがどう説明するのかと思ったら、あっさりと彼女はすべて話してしまう。
「先日の視察でリリス様が撃ち落とした翡翠竜がいたでしょう? 彼が私をお嫁さんに欲しいんですって」
「「ええ!?」」
4人の中で唯一婚約者がいるルーシア不在の今、恋愛に不慣れな少女達は顔を突き合わせ、複雑そうに溜め息をついた。
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