528. 洞窟に貯めてみたかったんです
少女達の恋愛話に、入り口に立つイポスも困惑した表情だった。実はイポスも婚約者がいない。まだ結婚適齢期に達しない少女達と違い、彼女は己の人生を魔王妃警護に費やす気でいた。しかしつい先日、父であるサタナキア公爵に「孫の顔をみせて欲しい」と懇願されたのだ。
父親に溺愛されて育った彼女としては、その願いを叶えたい。しかし結婚して出産、育児となれば……リリスを守る護衛騎士の立場が邪魔をする。なんとか子供だけ産んだら、父に任せてしまおうか。そんな投げやりな案まで浮かぶほど追い詰められていた。
そのため、レライエの婚約話が他人事とは思えなかった。多少の同情と羨望を含んだ眼差しを向ける。その隣をするりと水色の髪の青年が通り抜けた。
「ルシファー、呼んだ?」
レライエの両親に連絡を取ったところ、ルキフェルに一任するとの回答があった。そのため呼ばれたルキフェルが顔を見せる。
「ロキちゃん、こっち」
手招きされて入室したルキフェルだが、さすがにリリスが叩く隣には座らなかった。外見的にもそろそろ子どもの域を脱していることを、本人が自覚したためだ。魔王妃に決まっている幼女の隣に座る年齢は過ぎた。しかりリリスにそんな大人の事情は関係ない。
「ロキちゃん、こっちにお座りして」
「お座りは使っちゃダメだ! あと、リリスの隣に座れるのはオレだけだぞ。ルキフェルが周囲に悪く言われたら嫌だろう」
きっちり言い聞かせると「ごめんね、ロキちゃん」としょんぼりしたリリスが俯く。頭を撫でてやり、拗ねた幼女を抱き締めた。正面から抱き締められたリリスの手が、おずおずと背中に回される。
「いい子だ、リリス」
いつまでも子供のままでは居られない。少しだけ理解したリリスは、背中を叩くルシファーの手に甘えて頭を押し付けた。
「ごめんね、リリス。僕はもう大きくなっちゃったから。抱っことかダメなんだよ」
「うん」
ルシファーの側近だからこそ、大公はやっかみや妬みを受けやすい立場だ。子供の姿であれば微笑ましい仕草も、今は眉をひそめる原因になってしまう。可哀想だが、今後のリリスの立場を思えば教えておく必要があった。
無邪気なリリスには可哀想だが、今の彼女は『魔王妃候補』ではない。すでに魔王妃として認められた立場にいるのだ。いわゆる結婚式前だが、籍は入った状態がイメージしやすいだろう。妻としてすでに認められた以上、他の異性と仲良くする様子は問題になる。
「陛下、よろしいですか?」
口を挟んだレライエが釣書の一文を指さした。
「アムドゥスキアスさんは、結構な資産があるようですけれど」
「どれ。確かに思ったより持ってるな。翡翠竜は鱗が高額で売れる種族だし、定期的に生え変わる。しかも数千年眠っていて消費しなかった資産を考慮すれば、このくらいの額は持っているかも知れん」
ルキフェルも隣で覗き込んで「持ってるね」と感心した声を上げた。大公や公爵クラスでなければ見られない桁数の資産がある。黄金だけでなく宝石や城もあった。釣書が妙に厚いと思ったら、本人は財産目録を大量につけたらしい。性格なのか明細がしっかりしていた。
「私、嫁いでもいいですよ」
「え?!」
「条件があります。資産の7割を私がもらえて、あとはきちんと愛していただくこと。それからリリス様の側近のお仕事を続けられることです」
「……金に困っているなら相談に乗るぞ」
「僕も多少なら貸せるし」
何もそんな身売りみたいな嫁入りをしなくても――悲しそうに切り出したルシファーや困惑したルキフェルへ、レライエはからりと笑った。まったく悲壮感はない。
「嫌ですわ、陛下もルキフェル大公も。いくら何でもお金で身売りはしません。ですが、ドラゴンは光物が好きですから……やっぱり洞窟一杯に貯め込んでみたいじゃないですか。夢がかなう上、愛してもらえて、尊敬する方のお手伝いをするやりがいのある仕事! 働く女性の求めるすべてが揃ってます」
力説されて、なんだか説得されてしまったルシファーは「そうか」と呟いた。勢いに負けたともいう。城があるのだから洞窟に棲む予定はないと思うが……洞窟一杯に貯めたいのか。ドラゴンとの付き合いは長いが、そこら辺の感覚はわからない。
問いかける眼差しに、ルキフェルは照れたように視線をそらして頬を赤く染めた。
「僕も……洞窟2本分ほど貯めています」
同類だったことが判明し、新たに知った側近の習性にルシファーは無言を通した。
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