641. 昨夜はお楽しみでしたね?

「……ルシファー様こそ、昨夜はだったようですね」


「やらしい言い方するな、誤解されるだろう」


「おや、誤解されるような事をしたのですか? たとえば姫君になさったとか」


「ない!」


「では別にがあったのですね」


 意味深な言い方で強調され、心当たりがあるルシファーの顔が青ざめる。もしかして……全部バレているのか? だが、魔王城の中で盗聴や盗撮の魔法陣は発動しないはず。


 アスタロトの話を聞いて答えた時点で、すでに負けている事実にルシファーは気付いていなかった。わざと見当違いだが誤解されると困る話を持ち出し、否定したことで別の話を引き出される。外交担当の話術巧みな側近の手のひらで、魔王は転がされ始めていた。


「い、いや……何の話だ?」


「私が知らないとでも? この城で起きた出来事は、常に情報網を張り巡らしておりますとも。知らないはずがないでしょう」


「何も、してないぞ」


「そうでしょうとも。我々に隠れて騒ぎを起こすような魔王陛下ではございません。疑ってなどおりませんよ」


 思わせぶりな言葉を選びながらも、核心に触れてこないアスタロト。動揺するルシファーがちらりと視線を流した先には、リリスがいた。魔王妃はご機嫌で飴の蝶々を食べ終え、大きな花びらを一つずつ攻略中だった。


「リリス様、その飴の花は見事ですね」


 話を逸らすように、アスタロトはターゲットを変えた。ルシファーの様子から、大公が留守にした間に何かやらかしたらしい。しかし証拠隠滅したと勝ち誇った顔で告げる時点で、騒動を起こしたことはバレている。内容を知りたいなら、少し言葉を操って、針を揺らせば引っかかる単純な人なのだ。


 子供の頃から嘘が下手だった。リリスも育ての親に似たのか、素直に話してしまうところがある。意外にしたたかにやり返す時もあるが、アスタロトはルシファーの前でリリスに罠を仕掛けた。ベールは肩を竦めて様子を見守る。どちらにも加担しないと表明したベールの横で、アスタロトは答えを待った。


「本当に、アシュタもそう思うでしょう? ライがに作ってくれたの」


「そうですか。リリス様のためなら、さぞ頑張ったでしょう。側近達と仲が良くて何よりです」


「みんな優しくて好きよ! ルカはハーブティを用意してくれて、シアがプリン! こんなに大きかったわ。リーは茶菓子、エルフも新種の薔薇をくれたのよ。あとイポスに可愛いハンカチを貰ったのだけど、花の刺繍がしてあって……彼女は刺繍が得意なのですって」


 にこにこと側近や護衛達の自慢を続けるリリスに悪気はない。隣で未来の旦那さんが青ざめを通りこし、ついに白くなるのに気づかなかった。


「そうですか。、楽しかったようで安心しました。我々は留守にしておりましたから」


「次はベルちゃんやアシュタも参加してほしいわ。温室内なら季節関係ないでしょう? それに……あら、ルシファー震えてるの?」


 風邪かしら。魔王相手に細菌が効果を出せると思わないあたり、素直で愛らしい考え方じゃないですか。アスタロトの視線の意味を受け取り、蝋のように色が抜けたルシファーが顔を引きつらせる。


 ほとんどバレてしまった。リリスにバラした自覚がないことが怖い。お茶会だと断定されたため、ルシファーはがくりと肩を落として抵抗をやめた。これ以上は事態を悪化させる。


「具合悪いのなら、一緒に寝る?」


「……そうする」


 撃退されたルシファーは、当初の目的を見失って敗走を余儀なくされる。上手に誤魔化したアスタロトは後ろから、追撃した。


「ゆっくりお休みください。お茶会の件は、後ほど改めて時間を作ってお伺いします」


 ふらつく魔王を支える姫君が姿を消すまで、アスタロトは作った笑顔で見送る。隣のベールが呆れ顔で「本当にあなたはぶれませんね」と苦笑いし、彼らは再び遮音結界の中で何事かを決めて別れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る