05. 拾った場所に戻してらっしゃい

「陛下、いい加減にしてください!!」


 アスタロトをき伏せたと思ったら、今度はもっと口うるさいのが来た。やたらと背もたれが大きくて立派な玉座に腰掛け、おくるみを膝に乗せたところに飛び込んでくる。大声を出すベール大公に「しー」と人差し指を口に押し当てた。


「この子が起きちゃうだろ」


「……捨ててくればいいでしょう」


「そんな無責任なこと出来るか。オレが拾ったんだぞ」


 道端で拾った猫の子を元に戻して来いと叱る母親のようなベールは、細かな性格の男である。見事な銀髪を揺らして大げさに嘆いてみせた。


 彼は4人の大公の一人で、その几帳面すぎる性格で軍や貴族を纏め上げる参謀だ。人族が呼ぶ『四天王』とは、かつて魔族の王を争った彼らを含む大公を指している。さきほどのアスタロトも大公の肩書きを持っているため、2人は同格だった。


 つまり、魔王の側近である。耳が早い彼のこと、すでに他の大公にも知らせただろう。今後の騒動を思うと、ちょっとになりそうだ、と魔王は肩を落とした。


「魔王陛下ともあろう方が、玉座に赤子を乗せるなど」


「いや、オレの膝の上だ」


「同じです!!」


「しー」


 かっとして大きな声になったベールに、また声をひそめるように要請する。溜め息をついたベールが、がくりと膝をついた。頭を抱える様子に、赤子が泣かないか確認してから小声で話しかける。


「大丈夫か?」


「あなたが魔王らしく振舞ってくだされば、すぐ治ります」


「じゃあ、悪いがそのまま我慢してくれ」


 無情に切り捨て、膝を揺らして赤子を寝かしつけた。少し開いていた目がすぐに閉じる。それにしても綺麗な顔をした赤子だ。生まれて間もない子は、猿のような顔をしていると聞いたのだが……見ると聞くとは大違いだった。


 肌の色が白すぎる。魔族でも侯爵や伯爵でもないと、ここまで白い肌はいないだろう。それだけ魔力が高い証拠だが……髪は黒い。魔力が高いと、アスタロトの金髪やベールの銀髪といった淡い髪色が多い。


 真っ白な肌に濃色の髪は魔族では滅多に見かけない組み合わせだ。不思議なバランスだが、この子によく似合っていた。


 黒い髪が肌を縁取っているように見える。初めて目にした色合わせを、ルシファーは素直に美しいと思う。


「……本当に育てるのですか?」


「心底嫌そうに言うなよ。育てちゃダメとか言われたら、魔王降りるから」


 魔王の座と拾ったばかりの赤子を天秤にかけるルシファーの態度に、ついにベールが床に崩れ落ちた。そこへ5歳前後の幼児が駆け寄ってくる。淡い水色の髪は後ろでひとつに括られ、白い顔に大きな青い瞳が瞬いた。


「ベール、だいじょうぶ? なにされたの」


「待て待て、ルキフェル。オレが悪いみたいじゃん」


「だって、ベールわるくない」


 片言で幼子に責められると、すごく悪いことをした気分になる。ルシファーが眉尻を下げて口を開こうとしたとき、膝の上の赤子が泣き出した。


「ひっ、おぎゃぁあああ」


 勢い良く吸い込んでから全力で泣く姿に、慌てて立ち上がった。両手で抱きかかえ直して揺するが、先ほどまでと違って泣き止まない。


 慌てふためくルシファーは、とりあえず子供の口元に指を持っていく。押さえるというより、触れるだけの指に赤子がしゃぶりついた。どうやらお腹がすいたらしい。

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